あの瞬間、鳥谷敬氏は東京ドームのテレビ解説ブースで試合を見守っていた。7月2日の巨人-阪神戦。近本光司が右脇腹に死球を受けたシーンを目の当たりにして、嫌な予感しかなかったのだという。試合後、先輩は開口一番、後輩の状態を案じていた。

「近本、大丈夫かな…」

鳥谷氏は現役時代、鉄人として知られた。プロ野球歴代2位の1939試合連続出場を成し遂げる過程で、骨を折った回数は実に6度を数える。顔面死球で大量出血した鼻骨骨折の翌日、フェースガードを装着して代打出場した場面はあまりにも有名だ。腰椎骨折に2度の肋骨(ろっこつ)骨折も経験。そんなレジェンドでさえ心配するほど、今回の死球は危険な当たり方に見えたそうだ。

鳥谷氏いわく、骨折は基本的に「我慢すれば痛みは引くし、骨はいつかはくっつく」もの。過去に経験した肋骨への死球にしても、体の後ろ側、つまり背中側にパワーを逃がせるボールだったから、最悪の事態だけは回避できたという。ただ、今回近本に直撃したボールは背中側ではなく、体の内側、おなか側をエグッた形。いわゆる「2次災害」が気がかりだった。

「骨が折れるだけならともかく、体の内側部分まで硬くなってしまうと、そのままプレーすると脇腹を肉離れしてしまったりする。そうなると本当にキツくなってしまうから」

どれだけ痛みを抱えても、少なくとも公の場では平然とプレーを続けていた鳥谷氏。もっとも欠場の危機を感じたケガは15年4月の右脇腹肉離れだった。「あの時は1打席に1球しかバットを振れない状態だったから。もう本当に泣きそうだった」。後輩が同じ苦悩を抱えてしまわないか、気が気でなかったのかもしれない。

結局、近本は4日に出場選手登録を抹消されながら、負傷日からわずか20日後には1軍戦に復帰した。23日の敵地ヤクルト戦ではフェンス際でジャンピングキャッチを決め、チームの首位陥落も阻止した。鉄人があれだけ心配した骨折だったことを考えれば、3週間足らずでの復帰は驚異的と表現できる。

現時点でどれだけ痛みが残っているかどうか、本人が語ることはない。ただ、かつての金本知憲や鳥谷敬がそうであったように、今夏も選手会長の一挙手一投足はきっとナインに力を与えていることだろう。【野球デスク 佐井陽介】

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