ソフトバンクが4年ぶりにリーグ優勝を果たした。マジック1で迎えたこの日、試合終了直前に2位日本ハムが西武に敗れて優勝が決まり、その直後にオリックス戦(京セラドーム大阪)に完勝した。ミスターホークス、小久保裕紀監督(52)は“王イズム”で強固な組織をつくり上げ、就任1年目で球団の悲願を達成した。南海時代の10度、ダイエー時代の3度と合わせ20度目、1リーグ時代を含めると22度目の栄冠となった。次はクライマックスシリーズを勝ち抜き、4年ぶりの日本一に挑む。
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決着は午後9時19分だった。日本ハムの敗戦でV決定後、即座にソフトバンクが勝利。正真正銘の自力優勝だ。大阪での優勝は南海時代の65年以来59年ぶり。大阪を主戦場としていたホークスにとっては「里帰りV」。「2月のキャンプからこの日のためにチーム全員でやってきた。その懸命に戦った選手たちに胴上げしてもらえて本当に最高です」。破顔した小久保監督が8度、宙に舞った。
日本代表監督だった15年に悪夢を見た。プレミア12で継投策の失敗。当時21歳だった大谷翔平を7回無失点ながら降板させ、準決勝で韓国に逆転負けした。「人生は必然、必要、ベストなタイミングで事は起こる」が座右の銘だった指揮官が「これも必然なんか?」と己を見失いかけた。日刊スポーツ1面に書かれた「小久保の失敗」。采配批判された新聞を額に入れて自宅の書斎に置いた。リーダー論、組織論を徹底的に見つめる転機だった。
強い組織は「全員が同じ方向を向く」と確信した。理想のチーム作りに王イズムを反映。「仲が良いから結束するんじゃない。勝つから結束する」。平成初期に王ダイエーで井口、松中、城島らと黄金期を築いた。互いの連絡先を知らなければ、食事もしない。「普段はつるまん。でも勝利への執念はすごかった。みんなそっち向いとったもん。王さんの下で」。小久保ホークスも羅針盤を正した。
「言いにくい選手に言わないとか、それは組織として良くない」。6月8日のDeNA戦では周東が一塁を駆け抜けた際にグラウンド内を通ってベンチへ。落球したためセーフだったが一転、アウトになった。隙を見せたプレーに全体ミーティングで周東を叱責(しっせき)した。名指しで「あり得ない」と怒った。翌日には4軍まで全選手に共有。チームで定める「走塁メソッド」を改良した。秩序を正すとともに、選手会長の成長を考えての行動。その周東が最後まで先頭に立ちチームを引っ張った。
打順はコーチに一任した。己の役目は決断。勝って結束するためのタクトはシンプルだった。大きな決断に「4番山川」がある。FA加入した主砲は6月に月間0本塁打の不振に陥った。「4番を外したほうがいいのか」。胸の内では思っても、打撃コーチは毎日4番に「山川穂高」を据えた。理由は問わなかった。コーチを信頼した。7月には指揮官も腹をくくった。
球宴出場組に札幌で日本料理をふるまい、酒を交わしながら本音を語り合った。山川とは4番について激論し「もう覚悟決めとけ。どんなに悪くても最後まで4番外さんから」と告げた。山川は後半戦で18発。悲願につながる決断だった。
プレミア12の敗戦から9年、小久保監督は勝った。目指すべきは連覇、世界一。常勝軍団の復活へ。ミスターホークスが黄金時代を取り戻す戦いは、まだ始まったばかりだ。【只松憲】



