引退する西武栗山巧外野手(42)の師匠の1人が大川達也氏(60=株式会社ストロングス代表)だ。
95年には野茂英雄投手の個人トレーナーとして独自のトレーニング理論とその成果が話題になり、03年冬からは栗山とも二人三脚でプロ野球人生を支えてきた。長く隣で接してきた“人間・栗山”はどう見えたか。日刊スポーツに手記を寄せた。
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25年間、本当にお疲れさまでした。クリは野茂さんに似て、求道者的なところがあります。人間的に共感できたし、初めて会った時からなんとなく「こいつ、ちょっと違うな」というのは感じていました。
長くパーソナルトレーナーという仕事をしていると、ある程度の領域まで行ける選手と行けない選手の違いもなんとなく見えてきます。才能にあふれても、才能を生かすための努力を続けられる才能を持った人は、そんなにいません。みんな人間だから、どこかで誘惑もあるし「今日くらいは…」となる。でもクリは無理な形ではなく、素直に自然な形でそこを抑制できるのがすごいです。
活躍すると年俸も上がり、私と距離感が変わる選手もいます。私みたいな立場をうっとうしくなる人もいます。うまく離れていく人もいる。でもクリは私を信じてくれた。バッティングへの探求が本当に好きで、他のものを自然と省いていって。オフのゴルフも早朝起きでやると体が冷えて、腰や下半身が固まって、次の日のトレーニングが100%にできない。それが分かると、自然とやらなくなっていました。1500本安打を打って、さぁ次は2000本という頃でした。
私も一生懸命、クリと適切な距離感でやってきたつもりですが、野茂さんの影響も大きいと思います。「メジャーリーグで大活躍している人でも、こんなに一生懸命練習しているんだ」と。入団4年目か5年目のオフだったと思います。寮を出るようなタイミングで家探しの話をしていたら、野茂さんが「クリちゃん、あかんで。寮おり。体できてへんねんから寮で飯食わなきゃあかんで。練習やろ。1軍で活躍してからでええんや」と言って、クリも「はいっ」って。その後何年も寮にいた。食堂のおかずを「もっと増やして」って進言したのも伝説です。野茂さんの言葉を素直に受け入れる、この人のアドバイスは間違いないなっていう、そこの直感もやはりすごい。
スタメン出場が減っても、仕事へのスタンスはずっと変えなかったから、練習の虫、野球への高い意識、誰に聞いても人格者…そういう感じでキャラが聖人君子化したところはあると思います。決して全てそうではないんですけれどね(笑い)。でも私と一緒にトレーニングする時間も、わずかに趣旨が変わってきた気もします。炭谷選手は戻ってきましたけど、中村選手しか同年代のチームメートがいなくなって。コロナ禍ならではの難しさもあって、きっとチーム内で本音を話すのも簡単じゃないんだろうと感じていました。だから個人トレーニングの時間が、クリが心の底からの本音を話せる時間になっていったような気がしていました。少しでも思いを口にしてもらって、心身リセットしてまた遠征に出かけていって。そんな時にパーソナルトレーナーとして長年一緒にやって来て、彼にとって良い関係を築けたのかなって、そう思います。
案外、こういうスタイルでの選手とトレーナーの関係性は、もう二度と出てこないかもしれません。23年間もの時間を二人三脚でできたのは私の誇りです。相性や感性が全て合っているというか、何も言わずに自然と進めてこられました。逆に言えば、2人で一緒に写真撮ったことも不思議とほとんどありませんでした。ツーショットって意外と、お互い照れくさいですから。だから年末にプロのカメラマンさんが来てくれた時に、クリが「一緒に写真、撮りましょう」と言ってくれて。本当にうれしかったですね。8月31日以降、まだスケジュールは白紙です。でもきっと、これからもクリはユニホームを脱いでも、ずっと栗山巧なんでしょうね。(大川達也)
◆大川達也(おおかわ・たつや)1966年8月9日、大阪府生まれ。明大在学中にトレーニングに興味を持ち、渡米後にスロートレーニング理論を習得。日本でのパーソナルトレーナーの第一人者となった。株式会社ストロングス代表で、東京と神戸でパーソナルトレーニングジムを運営。



