西武栗山巧外野手(42)が30日、大観衆に包まれて、引退試合を行った。西武の全員が栗山の背番号1を着用する中、楽天戦(ベルーナドーム)に「6番DH」で先発出場。最後はファンも、栗山も涙だった。25年間、獅子ひと筋。重ねた2152安打以上にそのハートに多くの人がほれた。引退の報をおびえるほど心酔した。18歳から42歳。時代によって「見られ方」は変わっても、ずっと根っこにあったものは-。「栗山巧とは?」の答えはやはり、栗山巧だけが知っていた。

◇  ◇  ◇

西の空が赤い。栗山が優しい目をする。「昔からの僕を知ってるファンの人は『えらいマジメになったな』と思うんやろうね」。同じ場所で25年間。苦手なロッカーの整理も自然とできるようになった。

「全部が全部、聖人君子みたいな感じで来られたわけじゃないけど、シンプルに残ったのはただただ野球を一生懸命にやる…本当にそこだけなんです」

野球が好きだから、仕事だから、野球だけを一生懸命やる-。理想ではあっても旅路のゴールに、こう思うようになった。

「どこまで行ってもプレーヤー側が技術者であり、職人なんですよ。独特の世界観があるべきで。アートの世界みたいな。人それぞれヒットもホームランも打ち方が違うんです。それなのにみんなが同一の方向に向かってしまったら、プロ野球じゃなくなっちゃうかもしれない。大きなルールの枠組みでやるべきなんですけど、ただただ野球を一生懸命やるだけがその道じゃないというか」

いざ、栗山。熱く歌うファンたちを愛し、愛された。「人にできひんことができて、プロ野球選手じゃないですか」。21世紀の初めに獅子になり、いつしか栗山巧という像はライオンズの象徴になった。

「ライオンズのファンの方って西武沿線の方が多いですよね。ということは毎朝6時台から通勤電車に乗って、都心方面に向かうんですよね。会社勤めされたり息抜きができへんような方々が、ほんの時間ができた時に球場に来てくれる。あいつ好きやな、こいつ好きやなで選手を追いかける。僕らは息抜きの対象です。やっぱ、娯楽なんです。だから、他の人にできへんような考え方とか、生活の仕方をしていかなくちゃいけない。自分のハードル上げるからイヤなんですけど、でもそういうことなんですよね、きっと」

喜怒哀楽の全てを包んで電車は走る。運転士だってデビューは手が震えるし、最後の乗務は涙が止まらない。今や球界でも数少ない鉄道由来のチームで人生の機微を感じながら、街のヒーローであり続けた。だから栗山だって最後の日は…。「泣くかなんて、分かんないっすよ」。答えはもう、誰もが知る。

満員電車が終着駅のホームへ。さらば、栗山。ひとときの停車。線路はいつでも、西へまっすぐ伸びている。【金子真仁】

【まとめ】“ミスターレオ”栗山巧、最後の試合

【動画】ありがとう!西武栗山巧 現役最終打席はセンター前ヒット

【動画】レジェンド大集合!西武栗山巧の引退セレモニーで記念撮影