WBA世界ライトフライ級1位吉良大弥(23=志成)が国内最速タイ記録のプロ5戦目で世界王座獲得に成功した。同級2位カルロス・カニサレス(33=ベネズエラ)との同級王座決定戦に臨み、7回38秒、TKO勝ち。元世界3階級制覇王者・田中恒成と並ぶ最速記録で世界ベルトを手にした。王者不在だった所属ジムに世界ベルトをもたらした。
左フック1発の鮮やかなKO勝利だった。「この試合に勝つことを目標にしていた。うれしいです」と笑顔を浮かべた。試合中、ジムの先輩で元世界4階級制覇王者井岡一翔(37)から声を掛けられたことも力にした。「1人で勝利をつかんだわけではない。それを分かって応援してほしい」と周囲に感謝を込めた。
日本プロボクシング協会には国内の世界挑戦の条件として日本、アジアの王座獲得が内規にあったが、24年に変更。世界団体から指令を受けた場合も世界挑戦可能となった。吉良は昨年12月、イバン・バルデラス(メキシコ)とのWBA挑戦者決定戦で2回KO勝ちし、自らの手で世界挑戦権をつかんだ。
WBAからは当初、WBA、WBO統一王者だったレネ・サンティアゴ(プエリトリコ)との指名試合が義務づけられたが、王者が練習中に左ひじを負傷。あらためて先月中旬、カニサレスとの王座決定戦を指令された。急な対戦相手変更となったが「サンティアゴ選手に対策していたことをカニサレス選手にやることをできる。誰にでも当てはまる対策もやってきた。自分へのダメージは少ない」と切り替えは早かった。
格闘技一家に育った。実家はかつてキックボクシングジムを運営、長姉はキラッ☆CHIHIROのリングネームで活躍し、次姉優輝さんもキックボクサー、プロボクサーとして活動。吉良自身も4歳からキック、小学校低学年からボクシングを並行して開始した。中学からボクシングに専念し、王子工高では高校3冠に輝いた。
名門・東京農大進学とエリートコースを進んだものの、24年パリ・オリンピック(五輪)出場を逃すと2年で中退。大学1年の時にスパーリングを通じて出会った井岡の勧めでプロに転向した。大学とジムの先輩となる井岡は当時最速となるプロ7戦目で世界王座を獲得。吉良は井岡を上回るスピードで世界王座を手にした。「ジムの偉大な先輩を目指し、そこを超えないといけないと思っている」という目標に近づいた。
プロデビュー時には米老舗専門誌ザ・リング選定のパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超越した最強ボクサーランキング)を意識していると明かした。現在、4団体統一スーパーバンタム級王者井上尚弥(33=大橋)が君臨する世界一の称号となるポジション。吉良は「1番強い、PFP1位を目指している」と大きな夢を掲げていた。吉良にとって世界王者は通過点。「世界最強」への第一歩を刻んだ。

