僕は一度だけ子どもに手を挙げたことがある。15年以上前だが、あるサッカー教室にコーチとして参加していた。そこに児童養護施設の子どもたちも参加していて、周りからは誰がそんな背景を持っているかはわからない。ただコーチである僕らはわかっている。僕の担当する学年には児童養護施設から多くの子どもが入っていた。必死にボールを追いかけ、声を張り上げて頑張る子どもたち。僕が少しアドバイスをすると、素直に聞いてくれてすぐに行動に移す。素晴らしい教育をしているんだなと感じていた。
ただ僕には気になることがあった。それは彼ら彼女らの言葉遣いだ。ミスをしたりするとかなり激しい口調で、「お前何やってんだよ!」「ふざんけんじゃねーよ」と非常に強い声がけをしていた。そんな中、ある女の子が「お前バカじゃーねーの、バカ!」と叫んだ。僕はここで言わないと後で言ってもその言った言葉自体を覚えていないんじゃないかと思い、練習を止めてその子を呼んで話をした。その女の子はうなずきながら、ちゃんと目を見て話を聞いてくれた。
そんな最中、児童養護施設所属でない別のチームの子が、その場面をちゃかしにきた。今、思えば彼に悪気はなかったのだろうが、僕が彼女と話している間をわざと通ったり、後ろでふざけたポーズをとったり、ちゃちゃを入れたり。その男の子が、また僕と彼女の間に入ってきた瞬間、僕は彼の頭を平手打ちした。
今であればきっと動画も拡散されてすぐに問題になる行為。当時でも当然手を挙げる行為は問題だ。ただその場は指導という観点で何事もなく終わった。僕にはその行為が必死に話を聞いてうなずいている彼女をバカにしているよう思えてしまった。しかし、それは僕が「児童養護施設の子」という感情が入ったことで起きてしまったアクションだったと思う。もしこれが一切関係なければそこまで怒ることはなかったのかもしれない。
それから15年。関わりたいと思っていた想いにずっとブレーキかかったままだった。それがRISEという団体で試合に出させてもらい、格闘技は武道であり「道」であることを、たくさんの仲間から感じ取ることができ始めた。そしてRISEから紹介いただいたピースプロジェクトさんとの関わりで、いくつかの児童養護施設の方々と出会うことができた。
そしてそこで出会った施設の施設長さんや職員さんがとても親身になって子どもたちを守り見つめて、教育している姿を目の当たりにした。すぐに僕は「僕にも協力させてください」と想いを伝えていた。あの時踏んだブレーキは、今はもうない。まだまだ未熟だった自分ではあるが、彼ら彼女らに少しでも前向きな世界を伝えたい。必死に生きる子どもたちの未来に少しでも力になりたい。そう思って、毎月1回だけだが、キックボクシング教室をさせてもらっている。
そこで出会った子どもたちは最高に輝いている。もちろん、僕は月に1回しか会えないし、その楽しい時間も長くて3時間。職員の方々は子どもに毎日向き合い続けて、一緒に葛藤を覚えていることだろう。僕が偉そうに何かをやった気になってはいけない。
ただ、そんな想いと同時に自分のできることをやり切りたい。自分が戦う意味も含めて、子どもたちに力強く生きてもらいたい。キックボクシング教室では、たくさんの笑顔が生まれている。そしてとっても懐っこくて、愛くるしい笑顔をする子どもたちが大好きだ。中には本気でキックボクシングをトレーニングしたいと思ってくれている高校生もいる。大人の理不尽で、今という現実を暗闇の中に作られて、暗中模索のなか、笑顔を絶やさない子どもたちを救いたい。
そんな子どもたちが「アミーゴ試合頑張ってね」「絶対応援してるから」「勝てるからね!」といつも励ましてくれる。本当は、涙で寝れない悔しい夜もあれば、悲しくて目を開けることができない朝もあるはずだ。それなのに…僕を前を向かそうと声をかけてくれる。自分のことで精いっぱいのはずなのに…。
人生は過去と今でできている。当たり前だが、実際そこを忘れている大人も多い。過去と今がどんな状況であれ、未来はやってくる。そのままにしておけば、過去と今の延長上に未来が来る。過去をちゃんと解釈して、それを今に生かし、未来で昇華させる。これができて初めて幸せや喜びと出会える。
ある女の子が僕に「アミーゴ、グローブちょうだい」と言ってきた。僕はサインを書いて初めてグローブを人にプレゼントした。彼女はそのグローブをずっと抱きしめていた。こんな愛され方をしたグローブ、キックボクシングが予想していない方向で子どもから抱きしめられた。僕はなんとも言えない気持ちになった。
その後も彼女はグローブをキックボクシング教室に持ってくるが決して使うことはない。サインが消えるから、と。いつでも書き直すのにと思っているが、きっと彼女にはあの瞬間のあの時の思いがずっと心に残っているのだと思う。そんなに大切にしてくれている彼女の想いを僕は拳に込めてこれからも戦いたいと思う。
誰に何を言われても、僕は僕の思う表現方法で伝え続ける。バカにしたいやつはすればいい。笑いたければ笑えばいい。僕が戦うことで笑顔になれる子どもたちがいるならそれでいい。これからもずっと子どもたちを関わりながら、約束を守り続ける。みんな、また来月会おうな!アミーゴより。
◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算3勝1分け2敗。175センチ
(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)



