いつも通り勝利後のリングでバク宙した。8回判定も再起を飾り、王座奪回へアピールと思った。ところが、マイクを握ると「今日の試合(6月30日)を持って引退します」。突然の現役引退表明。前日本ライト級王者土屋修平。30歳だがキャリアは10年に満たない。

 なかなか踏ん切りのつかないボクサーは多い。王座から陥落直後に引退表明はまれ。引退示唆から撤回したり、移籍して続行の例もままある。正式に引退会見するのも元世界王者ですら少ない。ひっそり引退届を出す。最近はSNSで表明が多い。土屋は珍しく潔く引退となった。

 5月末のスパーリングがきっかけだった。「パンチに反応できないことがあった。かすったぐらいでダウンした」という。「90%は決めて最後に試合をやってみようと」臨んだラストファイト。「なんでもないパンチが効いた。僕の考えるプロじゃない。最高の見せ物ができないなら一線を引くべき」と決断した。

 小1で空手、中2で極真系フルコンタクト空手を始めた。バスケット、野球もやり、高校は部員不足でラグビーのSO。大東大に進学で上京し、キックボクサーになった。8勝(4KO)4敗1分と行き詰まり、ボクサーを目指そうとジムを回るうちに角海老宝石ジムにたどり着いた。

 09年に22歳で入門し、3カ月後に1回KOでプロデビュー。6戦連続KOで全日本新人王MVP。決勝ではアゴを砕き、一躍KOパンチャーとして注目され、連続KOは12まで伸ばした。判定で13連勝も14戦目は初回ダウンを奪うも9回TKOで初黒星。ここから4敗と低迷し、昨年12月に待望の日本王座初挑戦となり、3回KOでベルトを手にした。

 スポーツ万能だっただけにセンスがいい。当て勘よく強さより切れのいいパンチ。一方で防御に甘さがあった。キック経験者によると「防御はあまり練習しない」「1、2の3とタイミングが同じ」という傾向がある。今年の初防衛戦は白熱の打撃戦の末に8回TKO負けで陥落してしまった。

 激しい打ち合いを演じた元2階級制覇王者ガッティにあこがれ、米国リングを夢見ていた。「危ない戦い方だが1人ぐらいいてもいいのでは」と笑った。そのうちおえつがもれたが「いいボクサー人生。浮き沈みあるのが楽しい。最高のスポーツ。愛している」。

 「最後は田中さんとやりたかった」ともつぶやいた。田中栄民トレーナー。ジムをのぞいた時に「見に来いよ」と入場券をもらった。最後についた小堀佑介トレーナーを世界王者に育てた人と知って、入門を即断した。ジムを移った恩師への感謝の言葉だった。個性派ボクサーはすがすがしくリングを去った。【河合香】