G1を制し祝福のテープを浴びる棚橋(2018年8月12日撮影)
G1を制し祝福のテープを浴びる棚橋(2018年8月12日撮影)

 「今まで、苦しんだ分……」。

 棚橋弘至、G1クライマックス28を3年ぶり3度目の制覇で飾った直後。バックステージでの2問目だった。「今のお気持ちは?」。定番の質問に、ゆっくりと息を整え、気持ちを吐き出し続ける…、かに思えたが、すぐに訂正した。

 「苦しんでない! 苦しんでない!」。

 そう、それが棚橋弘至。「楽しんで、喜んでやってきたけど、結果が出なかった分、今日はいつもより、倍うれしいです」。思わず出た本音に照れ笑いなのか、勝利の喜びなのか、止めどなく噴き出る汗をぬぐう顔には笑顔が広がっていた。

 「疲れない、落ち込まない、あきらめない。それが逸材三原則ですから」。100年に1人の逸材は、この2年あまり、IWGPヘビー級のベルト戦線から離れ、故障の連鎖に苦しむ中でも、そのスタンスを崩さなかった。苦労話を探る報道陣との“攻防戦”は度々だっただろう。記者もその1人だ。スポーツに付き物の逆境をはねのける物語を求め、数々の質問を浴びてきたはずだ。ただ、逸材はぶれなかった。G1優勝後のバックステージでもそうだった。「苦しんでないと言われましたが、気持ち的には追い込まれたりは?」の問いかけにも、「はい……、ないです! ないです!」と切り返した。

 苦境に雄弁である必要はない。この日のバックステージの棚橋を見て思った。苦しかったかと聞かれ、思わず透けてしまう本音、それを必至に打ち消すまでの間。その絶妙な言語感覚で十分だ。苦境はあった。ただ「逸材三原則」はぶれない。だから、少し、ほんのわずかのぞいたその本音をきっかけに、想像力を働かせれば十分。そしてその想像を喚起させるところが、棚橋の類いまれな魅力ではないか。

 優勝で来年1月4日の東京ドーム大会メイン、IWGPヘビー級選手権の挑戦権利証を手にした。18年の下半期は、その言語感覚を発揮してくれる場が多々あるだろう。耳を傾けたい。【阿部健吾】

G1を制し優勝旗を手にポーズを決める棚橋(2018年8月12日撮影)
G1を制し優勝旗を手にポーズを決める棚橋(2018年8月12日撮影)