大相撲の応援の1つに「懸賞」がある。企業や後援会が、応援する力士や「初口」「結びの一番」など取組を指定して懸けるのが通例だ。今場所の場合、力士指定の最多は「大関貴景勝」の153本、「結びの一番」には164本が懸けられた。15日間の総数は約1300本で新規申し込みは4社。そのうちの1社で今年初登場の「博多駅マイング駅地下1番街」は、力士や取組ではなく、幕内格行司の式守勘太夫(54=朝日山)を“指定”した懸賞だ。

懸賞を出した博多駅地下街の商店街担当の永留和宏さんは「(商店街の)会長から懸賞を出してもいいのではと提案があった」と明かした。博多どんたくに博多祇園山笠。それらの福岡・博多を代表する祭と同様に「11月の大相撲九州場所も福岡の伝統文化」と認識。商店街として九州場所に懸賞を出すことになった。では、どの力士に、はたまたどの取組に懸けるか-。考えていた永留さんは、20年以上の付き合いがある式守勘太夫に相談した。

懸け方の話し合いになると、式守勘太夫から「僕に懸けて下さい」と提案を受けた。式守勘太夫は17年12月に四肢に力が入らなくなる病気、ギラン・バレー症候群を発症。自力で歩行できなくなり緊急入院し、リハビリ開始当初は首しか動かせず、復帰を諦めた時期もあった。18年初場所から5場所連続休場。それでも懸命の治療の末、同年九州場所から土俵に戻った。

その苦労を知る永留さんは「大変な時があったからね。元気づけたかったし、良い行司がいることをみんなに知ってほしいというのもあって」と15日間、式守勘太夫が1日二番裁くうちのどちらか一番に懸賞を懸けることにした。

しかし、懸賞は勝った力士がもらうもの。行司はあくまで力士に渡すだけだ。それでも永留さんは「取組が終わった後、1枚でもいいから懸賞を力士に渡せるのは行司さんにとってもいいことじゃないかな」と話した。

初日は、式守勘太夫が裁いた隆の勝-栃ノ心の一番に懸賞が懸かった。寄り切った栃ノ心に軍配を上げたが物言い。協議の末、先に栃ノ心の足が出ていたとして、差し違えとなった。式守勘太夫は「初日は(懸賞旗を)見ましたが、差し違えてしまいました。緊張するもんですね。この2人のうち、どちらかがもらうんだなということが頭に入ってしまって」と反省。その様子をテレビで見たという永留さんは「いきなり差し違えてましたね。緊張ですかね。わはははは」と豪快に笑った。

あくまで自身が裁く一番に懸かるもので、自身が手にする懸賞ではないが「それでも力士に渡せるのは気持ちがいい。これもまた縁です。本場所後に(力士から)封筒だけをもらって、懸賞を出してくれた方にあげたい」と感謝した。10年以上、懸賞の管理を担当する日本相撲協会員が「行司を指定しての懸賞は聞いたことがないですね」と話すほどまれな行司指定の懸賞。これもまた、年に1回の地方場所らしい懸賞だ。【佐々木隆史】

行司の式守勘太夫(撮影・岩下翔太)
行司の式守勘太夫(撮影・岩下翔太)
行司の式守勘太夫と博多駅マイング駅地下1番街の懸賞旗(撮影・鈴木正人)
行司の式守勘太夫と博多駅マイング駅地下1番街の懸賞旗(撮影・鈴木正人)