大関を務めた先代霧島(現在の陸奥親方)は、天覧相撲に強かった。1984年名古屋場所の新入幕から96年春場所の引退まで、天覧相撲で14連勝した。
連勝中、5勝以下だった本場所が5場所あったが、天覧相撲の日は負けなかった。87年と88年の秋場所中日は天覧相撲が予定されていたが、陛下の事情により急きょ中止になった。すると、この2日間、霧島は負けた。
陸奥親方は、この記録を忘れない。「途中から、今日は天覧相撲だから勝てるかなと思えてきた。毎日来ていただけないかと思っていました。まだこの記録は破られてないんでしょう?」。
もちろん、特別な緊張感はあったという。天覧相撲では通常時よりも、力士たちが立ち合いで呼吸を合わせることを特に意識する。霧島はもともと合わせて立っていたため、いつも通りの立ち合いができたことも良かったのかもしれない。
弟子の霧島はこの日、過去3戦3敗の安青錦に初めて勝った。6年前の天覧相撲でも勝っており、2連勝とした。しかし、取組後の支度部屋で先代霧島の14連勝を聞かされると「知らない」とポツリ。
この様子を陸奥親方に伝えると、驚いていた。「ウソ?! 話したことがあるけど、あいつがまだ日本語があまり分かってない時だったのかも。分かってなくても『はい、はい』って言って、分かっているように答えるんだよなあ…」。とはいえ、愛弟子の完勝には大喜び。「今場所は違うね。苦手の相手に勝ってる。安青錦に力負けしてない」。
霧島は天覧相撲に強い。この事実はしっかり継承されている。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)


