初土俵から50年間、勤め上げた。若者頭伊予桜(高砂)が、20日に65歳の誕生日を迎え、今場所限りで定年退職する。愛媛・松前中を卒業後、1976年(昭51)春場所の前相撲で初土俵を踏み、88年春場所限りで引退。最高位は東十両11枚目だった。定年を前に50年間を振り返り「長いようで短かった。力士として12年、頭として38年。50年も勤めさせてもらい、協会にも部屋にも感謝しかない」と、しみじみと語った。
中学卒業までずっと剣道少年だった。たまたま借り出された相撲大会で、中2で四国大会、中3で全国中学校大会まで勝ち進んだ。その全中に際し、高砂部屋に1泊。元横綱前田山の4代目高砂親方が愛媛県出身の縁から、同県代表の中学生は高砂部屋に1泊するのが定番だった。当時の5代目高砂親方(元横綱朝潮)に入門を勧められ、75年秋場所後には現役の人気関取高見山、富士桜が、中学校の運動会に訪れ、勧誘された。「脇から固められた」と、悩んだ末に入門した。
突き、押し、左四つを得意とし、入門から8年半余りの84年九州場所で新十両に昇進した。同場所6日目の栃纏(とちまとい)戦で左腕を負傷。2勝13敗で十両在位は1場所だった。だが「関取に上がることができてよかった」と誇らしい気持ちが強い。
27歳で引退後、若者頭として千代の富士、北勝海、曙、朝青龍ら高砂一門の横綱の多くの優勝に立ち合った。「故郷の『伊予』の名前を、ずっと背負わせてもらい幸せな相撲人生」。愛媛県出身力士は現役11人、出身地別で20番目と少なくない。それでも伊予桜が引退後、新たに「伊予」をしこ名に付けた力士はゼロ。今後は未定だが、背負い続けた故郷に戻る選択肢もあるという。【高田文太】


