佐田の海の付け人を務める幕下の清水海(24=境川)が、人助けをしていた。今年3月の春場所でのこと。車椅子の高齢女性が升席に行くまでの階段を上れずに困っていたところ、清水海が抱きかかえて運んだ。このエピソードは、春場所担当でもある阿武松親方(元幕内大道)が、夏場所10日目のNHK中継の幕下解説を務めた際に明かした。

清水海は他言してこなかったため、誰にも知られずにいた話でもある。

清水海はあの日、佐田の海を土俵に送り、支度部屋に戻る時のことだった。迷わず女性を抱えて、階段を上り、升席まで送り届けた。清水海は「周囲にすごい見られたので、恥ずかしかった。でも、困ってたんで、当たり前ですね。いつも師匠を見てるんで…」と少し照れていた。

この時、清水海は名乗ることはなく、名前も聞かれなかった。

力士のさりげない行為に、当該女性はもちろん、車椅子を押していた娘も感激していた。

後日、春場所担当の親方らが詰めている先発事務所にファクスが届いた。阿武松親方は、こう明かす。「感動したということが、長文で書かれていました。『升席で相撲を見ることが、母の夢でした。その時のお相撲さんが、かなえてくれました』と。ただ、名前が分からない。十両の相撲の時に花道にいた付け人らしく、3つくらい候補の部屋が書いてありました」。

調べてみると、その升席は西の花道近くであることが分かった。阿武松親方は、先発事務所の担当でもある呼び出しの節男に相談すると「呼び出しに聞いたらすぐに分かりますよ」。西の花道の奥には、多くの呼び出しが控えている。その場面を見ていたかもしれない。予想は当たり、その力士は清水海であることが判明した。

阿武松親方はファクスに書かれていた番号に電話をかけ、あの時の力士は清水海であることを伝えた。「これからずっと、清水海のことを応援したいと言っていました。僕も感動しました」。

師匠の境川親方(元小結両国)にも話を聞いた。「やさしい子なんですよ」と切り出し、こう続けた。「当たり前のことだけど、ちゃんとできるのが大事。褒めてもらおうとしてやるのでなく、こういうことをパッとできるところに人間性が出る。こうやって、徳を積んでいけばいいんです。相撲の神様は応援してくれますよ。稽古も一生懸命やっています」。

清水海は夏場所前、肩を脱臼した。境川部屋ではかねて、「痛いそぶりなんてするな」と教えられてきた。清水海は師匠の言うことを忠実に守ってきた。境川親方は「それでも痛そうにしていたから、『すぐ治療に行ってこい』と言いましたよ」と話す。日々、清水海が真剣に稽古を続けてきたからこそ、師匠は思いやっていた。

清水海は、この夏場所で初土俵からちょうど2年になる。埼玉栄高から日本大学に進み、「漢(おとこ)を磨くために」境川部屋に入門した。最高位は東幕下28枚目で、今場所は同53枚目で5勝1敗と好調だ。10日目に4勝目を挙げた際、右目を強打してあざができた。12日目、右目の周りはどす黒くなっていたが、5勝目を挙げた。

はっきりとした目標があるから、常に意欲的だ。師匠の定年は来年7月。「それまでに十両に上がりたい。必死にやります」。相撲の神様はきっと見ている。大阪で縁ができたあの親子も、ずっと応援している。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

◆清水海光星(しみずうみ・こうせい)本名・宮崎光星。2001年(平成13年)5月24日生まれ、高知県土佐清水市出身。4兄弟の三男。日大4年時に、東日本学生体重別135キロ以上級3位。境川部屋に入門し、2024年夏場所初土俵。177センチ、129・1キロ。得意は右四つ、投げ。

隆志を破った清水海=2026年5月21日
隆志を破った清水海=2026年5月21日
清水海=5月21日撮影
清水海=5月21日撮影