プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。最終回はプロレス界の未来について。【取材・構成=高場泉穂】

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6月15日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で止まっていた新日本プロレスの試合が無観客の形で110日ぶりに再開する。午後7時開始。これだけ試合間隔が空いたのは、団体史上初めて。その間、真壁は前向きに心と体を整えてきた。

「俺たちは3カ月半も戦っていない。だが、いつでもスタートできるようにトレーニングはサボっちゃいなかったよ。俺の場合、自粛期間は家でプッシュアップしたり、マスクして近くをウォーキングしたり。その中でいいこともあったんだ。今までたまっていた疲れを取って、あらためて自分の体を見直すことができたのよ。食事のカロリーコントロールもして、トレーニングやって。だから、みんながびっくりするぐらい仕上がってるよ」

5月25日に東京、神奈川などでも緊急事態宣言が解除されたが、コロナの不安は消えない。経済的に苦しい人もたくさんいる。その中で真壁は自分たちの「立ち上がる姿」を見てほしいと願う。

「今、みんなが不安と恐怖を抱いているよね。だけど、立ち止まったら何も始まらない。感染防止のマスクや手洗い、“3密”を避けて、まだまだみんなで戦わなくてはならない。その戦いに勇気と希望を見失いそうになった時、好きなものを見たり、聞いたり、楽しんだりして、また翌日からの戦う勇気を持ってほしいんだ。それはもちろん、プロレスも同じ。俺たちの戦う姿勢、立ち上がる勇気を見て、感じて欲しい。立ち上がれば、前に進むだけ。みんなで前へ進もう」

興行を主な収入源とするプロレス界は、コロナによって苦境に追い込まれた。2月末に政府が出したイベント自粛要請によってほとんどの興行が中止。指示が解除された3月中旬には、いくつかの団体が観客を入れた興行を行ったが、4月7日発令の緊急事態宣言をもって、再び興行できない状況となった。

だが、止まっているわけにはいかない。各団体がさまざまな形でプロレスの灯を消すまいと動いた。

ノア、DDT、全日本プロレスなど複数の団体は感染予防に努めながら無観客テレビマッチを実施。団体存続のためにクラウドファンディングを行った大日本プロレス。外出制限で困っている老人らを対象に、無償の送迎、買い物サービスを行ったゼロワン。すべてプロレスを続けていくため、必死に動いた。

業界の雄である新日本は影響力も考慮し、試合を自粛し続けたが、緊急事態宣言解除後に選手、一部スタッフの抗体検査を行い、無観客の形で3カ月半ぶりの試合にこぎつけた。7月11、12日には人数制限した上で、観客を動員した試合を、大阪城ホールで行う。

既に複数の団体は小規模での興行を再開している。大きな会場が超満員となり、熱狂に包まれる-。そんな風景が戻るまで、時間はかかるかもしれない。だが、真壁はその先を見つめる。プロレス界全体が復活するだけでなく、さらに進化していかなければならないと。

「満足したら隙ができる。前進が止まる。そしたら、いいもん生まれねえよ。だから、俺たち新日本プロレスはここまでうまくやってきたけど、もっといかなきゃだめだと思ってる。そして、新日本プロレスみたいな団体がもっといっぱいなきゃ、だめだと思う。新日本プロレスが今の状態になったのは、選手や社員がそれぞれ尋常じゃない戦いを続けてきたから。新日本だけ上にあがればいいと思うかもしれないけど、そうじゃない。他の団体には昔の俺のように、くすぶってるやつがいると思うんだ。頑張って、はいあがろうとしているやつにはチャンスを与えてほしいし、あがれるというのを分からせたい。考えた上で、勝負に出る。そうしていれば、第三者でお前にかけてみる、というやつが出てくるから」

ブレークするまで長く険しい道を歩いてきたからこそ、言える。何度負けても「最後に勝ちゃいいじゃねえか」と。コロナ禍の今、真壁は世の中の人たちに、そして自分にハッパをかける。

「こういう時こそ、本領発揮しなくちゃいけないのがプロレスだと思ってる。プロレスを見て、立ち上がる勇気、勇気をもってほしい。俺が言ってるのは理想だ。難しいこともあるかもしれない。でも、それを踏ん張って頑張るのがこれから。俺の立場でいうと、昔はベルトさんざん巻いて言いたいこと言ってたけど、いまはベルト戦線に入っているわけではない。ただ、落ちぶれているわけではないんだ。俺、いつも思うのよ。対戦相手はチャンピオンだろうがなんだろうが、関係ねえ。容赦しねえ。いつでも最前線に出る用意はできてる。こんなの冗談でもリップサービスでもない。いきなり最前線でぶっつぶしてやるからなって思ってる」

プロレスラーは6メートル四方のリングの上で、相手の技を逃げずに受けきり、何度倒れても立ち上がる。いつの時代も変わらぬその姿こそが、プロレスの力なのかもしれない。(おわり)