K-1の人気選手だったマイク・ベルナルドさんが14日(日本時間15日)、南アフリカ・ケープタウンで急死した。42歳だった。詳しい死因は明らかにされていないが、現地報道や関係者によると、薬物摂取による自殺とみられる。95年からK-1に参戦し、「剛腕」と呼ばれた強打を武器に、故アンディ・フグさんやピーター・アーツらと激闘を繰り広げ、「四天王」の1人と言われた。リングとは対照的な人懐っこいキャラクターで、テレビ番組やCMにも出演し、お茶の間で人気を博した。06年の引退後は、母国で後進の指導にあたっていた。

 K-1のレジェンドが突然、帰らぬ人となった。現地メディアや関係者の話によると、ベルナルドさんはケープタウンの自宅で倒れ、緊急搬送先の病院で亡くなったという。薬物の大量摂取による自殺が有力視されているが、敬虔(けいけん)なクリスチャンとしても知られており、死因の詳細は明らかにされていない。現在、警察当局が調査していると思われる。

 ジム、選手関係者からの連絡で訃報に接したK-1の谷川貞治イベントプロデューサー(EP=50)は「驚いたし、残念でしかたない。タレント性があり、野獣的でパワフルな選手だった。実は繊細なところがあって、最近は精神的に厳しい状況だと聞いていたので、心配していた」と故人をしのんだ。現役時代には手にしなかったたばこを吸い、過去4度も自殺未遂を起こすなど、精神的に不安定な時期があったという。

 ベルナルドさんは95年のK-1

 GP(現WORLD

 GP)で初参戦。その初戦で優勝候補のアンディ・フグさん(故人)にKO勝ちして衝撃デビューした。翌96年のGP決勝では3連覇を狙ったアーツをKOする快進撃で準優勝。その後もジェロム・レバンナやミルコ・クロコップら強豪としのぎを削り、フグさん、アーツ、アーネスト・ホーストとともに「K-1四天王」と呼ばれた。

 リング外では温厚でユニークな人柄で、テレビ出演を通してお茶の間でも親しまれた。中でも、ひげそりメーカーのシック社製「プロテクター」のCMは、そり上げた頭でほほ笑みながら日本語で言う「切れてなーい」のセリフで話題になった。06年9月の引退式では、早実の斎藤佑樹投手(現日本ハム)をまねて青いハンカチで汗を拭いてみせた。結婚式を日本で挙げるなど大の親日家でもあった。

 00年にはプロボクシングに転向し、マイナー団体のWBF世界ヘビー級王座を獲得した。だが、同年8月にフグさんが白血病で急死すると、盟友の遺志を継ぐためにK-1復帰。タイトルこそ手にできなかったが、情熱的なファイトでファンを魅了した。

 現役引退後は07年のK-1

 TRYOUTで、後にヘビー級王者となる京太郎(現プロボクサー)や元プロ野球ロッテなどで強打者として活躍した立川隆史氏らを母国に招いて指導。スポーツ心理学の勉強にも熱心だった。現在もベルナルドさんの直筆サインが入ったヘッドギアを練習で使用している京太郎は「温かい人だった。ジムの経営やボランティア活動で忙しい中、指導してもらった。あの人の思いを胸に刻んで格闘技人生を歩みたい」と残念がった。

 格闘技界黄金期に活躍、多くの人々に愛された「無冠の帝王」。再び世界の表舞台に立つことなく、あまりにも早く逝ってしまった。