日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムです。


初代 ショーン・コネリー(1964年4月6日付)

おどり出た“007号”世界の人気ものショーン・コネリー

上の写真をクリックで当時の紙面PDFへ
上の写真をクリックで当時の紙面PDFへ

記事概要 007シリーズ第1作「007は殺しの番号」(現タイトル「ドクター・ノオ」)で一躍世界的スターとなったショーン・コネリー。2作目「007/危機一発」(同「ロシアより愛をこめて」)の公開を前に、その魅力を紹介している。まだ34歳の若さだ。

 水兵時代に右手首に「スコットランドよ永遠なれ ママとダディも」というタトゥーを彫っていることを紹介。父親は、コネリーが成功して以降も「せがれのやっかいにはならない」とトラックのハンドルを握り、母親も息子が贈った毛皮を突き返したという質素な人。頑固な名優として知られたコネリーのルーツは、地に足のついた両親にあるようだ。

 新人のころにハリウッドに渡るが、納得がいかないことにはノーを連発する頑固さで、英国に帰ってしまった。ロンドンの新聞社が行った007主役投票に圧勝してジェームズ・ボンド役に起用されるが、やはりマイペース。カメラテストを「いまさらごめんだ」と拒否し、脚本にも「ユーモアが欠けている」と注文。一流ホテルには泊まらず、安アパートで自炊を楽しむマイペースな人なのだという。

 

【1964年(昭39)4月6日付】  >>紙面PDFへ

梅ちゃん評

 やはり初代は偉大。歴代のボンド役は必ずこの人と比べられ、踏襲したり、別路線を行ったり。

 昔、テレビで見た「ロシアより愛をこめて」がマイベストなのだが、登場シーンのタキシードのかっこいいこと。頭脳、戦闘能力、ユーモア、セクシー度、人を食ったような笑顔など、ボンドのイメージの原型として今も私の中にある。いるだけで頼りになりそうな雰囲気があり、立っているだけでいやらしい。

 私の中のボンドガール第1位、ダニエラ・ビアンキとも本当にお似合い。頭カラッポ系でも水着系でもない、自立したボンドガールとの駆け引きがかっこよかったのは、コネリーの存在感のおかげ。オリエント急行での敵との対決は映画史に残るアクションシーンとして知られるけれど、武器のない状態での戦闘能力に、エース諜報員ボンドの魅力と力量がにじむ。勘弁してもらいたいのは、胸毛など全身毛むくじゃらなところだけ。

 ◆ショーン・コネリー
 1930年8月25日、英スコットランド生まれ。海軍を除隊後、さまざまな職業を経て俳優に転身。62年「007/ドクター・ノオ」でジェームズ・ボンド役に抜てきされる。「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」「サンダーボール作戦」「007は二度死ぬ」「ダイヤモンドは永遠に」に主演。ボンド役を降板後も「インディー・ジョーンズ」など人気映画でスター俳優となる。87年「アンタッチャブル」でアカデミー賞助演男優賞。00年、英女王からナイトの称号を受ける。06年、米映画協会の生涯功労賞受賞を機に引退を宣言。

歴代ジェームズ・ボンド 記事アーカイブ









日刊スポーツ購読申し込み 日刊スポーツ映画大賞