日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムです。


2代目 ジョージ・レーゼンビー(1969年4月22日付)

気楽です俳優家業~美女に囲まれ堂々と演技

上の写真をクリックで当時の紙面PDFへ
上の写真をクリックで当時の紙面PDFへ

記事概要 ニッカンの映画担当記者が、007シリーズの撮影所として知られる英パインウッド撮影所を訪れ、2代目ボンドとして「女王陛下の007」を撮影しているショージ・レーゼンビー(当時29)を取材しています。

 「なかなか楽しかった」というアクションシーンを撮り終えたレーゼンビーは、撮影所でのラブシーンに取り組んでいる真っ最中。「ラブシーンは苦手だが、本当の時の恋の表現には自信があるから、はた目にはまずいとは映らないだろう」とチャーミングな一面をみせている。

 機械工やセールスマンなどさまざまな職業を経験している彼は、スカウトで入った映画俳優の仕事に「働きやすくて簡単にお金がもうかるから、やめられないな」。また「一生懸命このチャンスを利用し、金が貯まったら自分の思い通りの007を作ってみたい。あっと驚く新兵器が出れば、大勢のボンドガールのお色気でカバーすることもないんだから」。プロデューサー的視点も持つ裏表のない人柄は、撮影所でも人気だったという。

 

 「食べ物の中で日本のスキヤキほどいいものはない。米も炊き方を習って上手なもんだよ」。はるばる英国にやってきた日本人記者を親しく歓迎してくれる人柄を、感激の様子で伝えています。

【1969年(昭44)4月22日付】  >>紙面PDFへ

梅ちゃん評

 ボンド役の代名詞だった初代ショーン・コネリーに代わり、2代目を引き継いだチャレンジャー。

 何をやってもパーフェクトな初代と違い、レーゼンビーはセンチメンタルな“人間ボンド”を表現してみせた。当時30歳。笑顔の紳士という感じで、本気で恋をして結婚までする。意識を取り戻した美女に「おはよう。マイ・ネーム・イズ・ボンド。ジェームズ・ボンド」。ニヤけた雰囲気は、どこか石田純一っぽい。モデル出身なので、伯爵夫人との恋という洗練された雰囲気はあるけれど、顔が「トイ・ストーリー」のウッディみたいなので、どちらかというとアメリカの田舎の牧場主みたいな親しみやすさもあった。

 「女王陛下の007」はファンの間でも好みが分かれる作品だが、ラストに世界観が凝縮されていて、個人的には嫌いじゃないてです。これ1作で降板してしまったけれど、後のシリーズで後日談も作られたりして、いつまでも記憶に残る存在だ。

 ◆ジョージ・レーゼンビー
 1939年9月5日、オーストラリア生まれ。軍や中古車セールスなどを経てモデルとして活躍。69年「女王陛下の007」で2代目ジェームズ・ボンド役に起用されるが、スタッフと衝突し、1作のみで降板となった。その後は香港映画などに出演したほか、米国に移り住み、俳優業のほか、レーサーとしても活躍した。

歴代ジェームズ・ボンド 記事アーカイブ









日刊スポーツ購読申し込み 日刊スポーツ映画大賞