ナイフを巧みに操る殺し屋は、包丁を手にすれば腕のいい料理人になるのかもしれない。

 「〓(牛ヘンに古)嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(91年)で主演デビューして以来、台湾を代表する俳優として知られるチャン・チェン(41)が演じるのはそんな男だ。

 近作「天の茶助」(15年)が高雄国際映画祭に出品されたときにチェンと出会ったSABU監督(53)が、彼を想定して書き上げた脚本は、このユニークな役を軸に高雄、東京、栃木と場所を移しながら転がっていく。

 16日公開の「ミスター・ロン」には、散らばったパズルのピースが最後はピシッとはまるような心地よさがある。

 薄暗がりで札束とパスポートが詰まったバッグを囲んでバカ話に興じる6人のちんぴら。気配も無くスッと視界に入ってきた男が鮮やかなナイフさばきであっという間に全員をかたづける。

 チェンふんする主人公ロンの登場シーンはキレがあり、やや黄みがかった照明が作る陰影は台湾のホウ・シャオシェン監督の映画のような深みがある。

 ロンは次のミッションを遂行すべく、今度は東京に乗り込む。六本木の夜は登場シーンそのままのタッチで照らし出される。ロンが暗殺に失敗し、何とか逃げ出した先の北関東の田舎町に場面転換したところで、スッと画面の印象が変わる。自然光がいかにもという感じで「日本の日常」を描き出す。

 殺し屋ロンが投げ込まれた別世界。台湾の都会や六本木では夜の闇に溶け込んでいたロンが、地元で手に入れた古着を身につけても悪目立ちしてしまうところが面白い。そこでは住人が妙になれなれしく、優しく、世話を焼く。

 包み込むようでいて、決してなじみきれない。日本の村社会が浮かび上がる。ロンはそこで廃屋に身を潜める台湾人母子と出会う。母親リリー役のイレブン・ヤオには、仲間由紀恵をややセクシー方向にシフトしたような魅力がある。リリーは序盤で顔を見せる青柳翔演じる日本人の男と因縁があり、こちらがもう1つのストーリーとして本筋に絡んでくる。

 ロンと田舎町を結びつけるのは彼の料理の腕前で、住人のバックアップで始めた屋台は評判を呼ぶ。ロンと母子が3人家族のように町に溶け込み始めた頃、ロンが殺し損ねた敵対組織の影がじわじわと迫って…と期待を裏切らない展開が待っている。

 チェンの二枚目然としたたたずまいが、田舎町での人情エピソードではコミカルな味となった。ウォン・カーウァイ、ホウ・シャオシェンらに重用されてきた彼の新たな一面が引き出されたと言ってもいいのではないだろうか。【相原斎】