80年代にちょっとした無声映画ブームがあった。89年には、映画の父と言われたJ・W・グリフィスの「イントレランス」(16年)が、カーマイン・コッポラ指揮のフルオーケストラ付きで日本武道館と大阪城ホールで上映された。活動写真をありがたがった頃の雰囲気と一種荘厳な雰囲気を味わったことを覚えている。

今では一門の長になっている活弁士、澤登翠さんにも取材する機会があって、日本独自の「活動弁士」の世界も知った。講談調に映像を解き明かす弁士の技術にも感服した。それでも、充実した音響効果を当たり前に体験している身には、話術に一喜一憂した当時の劇場の様子はなかなか想像出来なかった。

周防正行監督の新作「カツベン」(12月13日公開)は、俳優よりも活動弁士がスターだったおよそ1世紀前を生き生きと再現している。

草創期のロケ撮影風景から物語は始まる。見物人でにぎわう神社の境内。録音作業がないから、せりふは適当に口を動かし、近所のいたずらっ子の参入もそのまま取り込んでロケは続く。

そんな作品が掛かる小さな町の映画館では、荒っぽい展開の映像に、滑らかな口調の弁士が筋立てして、観客を巻き込んでいく。主人公の俊太郎はそんな映画館に裏口から忍び込み、弁士にあこがれながら少年期を過ごす。

成人した俊太郎(成田凌)は、泥棒一味に雇われたニセ弁士として町から町へと渡り歩いている。「映画興行」で人を集め、その間に空き巣を働くというのが一味の手口だ。本物の弁士を目指す俊太郎には本意ではなく、隙を見て一味から逃げ出し、小さな町の古い映画館で働き始める。

トーキーの時代がすぐそこまで迫っており、あこがれの先輩弁士は酒浸り。ヤクザまがいの興行主が経営するライバル館は金に飽かせてスター弁士を集めている。端役女優となった幼なじみ(黒島結菜)とも再会するが、あの泥棒一味もその町にやって来て…。

当時の映画をほうふつとさせるドタバタ劇の味わいを織り交ぜながら、知られざる世界にスポットを当てる周防流の「業界解説」が随所に利いて、カツベンの時代がひもとかれていく。劇場に残る芝居小屋の雰囲気、女性ファンを引きつける弁士の色気、それぞれに個性があり変幻自在のその話術…。

ドラマや映画の脇役にしては、二枚目感の強かった成田凌が26歳を目前に映画初主演。ひょうひょうとした中に弁士への熱い思いを秘めた俊太郎を巧演している。先輩やライバルの弁士には永瀬正敏、高良健吾。TEAM NACSの音尾琢真、山本耕史、池松壮亮、竹中直人、渡辺えり、井上真央、小日向文世、竹野内豊とバラエティーに富んだ顔ぶれで時代の喧噪(けんそう)を実感させる。

劇中の無声映画もよく見ればシャーロット・ケイト・フォックス、上白石萌音、城田優、そして監督夫人の草刈民代とこちらも飽きさせない。【相原斉】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)