この作品をプロデュースした女優のリース・ウィザースプーンは「原作小説は1日で読破しました。読み始めたら止まらなかったんです」と振り返る。

動物学者ディーリア・オーエンズ原作の異色のミステリー「ザリガニの鳴くところ」(18日公開)は、不思議な吸引力を持った作品だ。

60年代後半、舞台は米ノースカロライナ州の大西洋岸に広がる広大な湿地帯だ。人けのないこの地で青年の変死体が発見される。容疑者となったのは街の人々が「湿地の少女」と呼んで、遠ざけていたカイア(ディジー・エドガー=ジョーンズ)だ。誰もが彼女を犯人と決め付ける中で、引退を決めていた温厚な弁護士ミルトン(デヴィッド・ストラザーン)が代理人を引き受ける。

よく見れば聡明(そうめい)な顔立ちのカイアは少しずつミルトンに心を開いていく。6歳の時に両親に見捨てられ、「ザリガニが鳴く」といわれる湿地帯の小屋で生き抜いてきた彼女のサバイバル人生は過酷ながら魅力に満ちていた。

いわれなき差別から学校にも通えなかった彼女は、草木やトリ、魚など湿地の自然から生きるすべを学び、川沿いの雑貨店を営む黒人夫婦の優しさに助けられながら独りで生きてきた。

そんな「彼女の世界」に迷い込んだ2人の青年とのあまりに純粋な恋。そして、街の人々とのざらついた関係もしだいに浮き彫りになっていく。彼女の告白と法廷の証言者たちの話から、ミルトンにはしだいに「真相」が見えてくるが…。

長編デビュー作となった「フレッシュ」(22年)でもそうだったが、今回もエドガー=ジョーンズの意志的な表情が印象的だ。気高く見えるトリたちがカイアの生きざまに重なり、沼地のしっとりとした手触りが彼女を優しく包んでいるように見える。

「ファースト・マッチ」(18年)で長編デビューしたばかりのオリヴィア・ニューマン監督は、自然光を生かして湿地帯の自然を美しい絵画のように撮り、人間社会の小ざかしさとのコントラストが印象的だ。出版社に注目され、自立生活の糧ともなる、カイアが描く美しいスケッチの数々は、小道具として映画のアクセントとなり、「真相」へのヒントともなる。

意外な結末にはハッとするが、すべては湿地帯の美しい自然に包まれ、幕切れは気持ちいい。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)