21年の東京五輪にモンゴル代表として出場し、柔道81キロ級で銀メダルに輝いたサイード・モラエイはもともとイランの選手だった。イラン選手団の一員だった間は、敵対国イスラエルの選手との対戦を避けるため、負傷や棄権による途中敗退を強いられて、なかなか結果を出せなかった。

敵対国と直接対決し、敗れることになれば、最高指導者のメンツがつぶされることになるため、トーナメント中も常に政府の圧力にさらされていたという。

IJF(世界柔道連盟)の庇護(ひご)の元、国籍変更を果たした末にようやく実力を発揮することができたわけだ。

「TATAMI」(28日公開)はこの実話に着想を得た作品だ。

イラン代表の女子柔道選手レイラは、ジョージアの首都トリビシで開催された世界選手権で、同国初の金メダルを目指している。

練習場ではイスラエル代表のジャニと親しげに言葉を交わすが、監督のマルヤムはそれを不安げに見つめている。

トーナメントが始まると、レイラは順調に勝ち進む。モノクロ映像が鋭い動きに陰影を付け、投げ技の切れ味や寝技の巧みさ印象づける。演じるアリエンヌ・マンディはボクシングに打ち込む姿を短編映画に撮ったほどで、身体能力の高さがうかがえる。圧力に屈しない頑固なまでの芯の強さが全身からにじみでる感じだ。

イスラエルのジャニも好調で、このまま進めば2人は決勝でぶつかることになる。当局からの「棄権要請」を聞き流していた監督のマルヤムだが、強まる圧力はしだいに抗しがたいものになってくる。自身も過去に棄権を余儀なくされたことがあるマルヤムのとまどいが人間くさくて、思わず感情移入してしまう。

演じているのは「聖地には蜘蛛が巣を張る」(22年)のザーラ・アミール。目の動きで不安を映す好演だ。このキーマン役に止まらず、今回はキャスティングから共同監督まで務めている。

もう1人の監督が「SKIN/スキン」(18年)で注目されたイスラエルのガイ・ナティヴだ。アミールの方は母国イランを出てフランスに亡命しているが、イラン=イスラエルが共同監督した歴史的作品でもあるのだ。

選手権会場にイラン工作員が出没したり、母国の家族にも危険が迫ったり、その唯一の連絡手段の電話は電波の具合がおぼつかない…というわけで、中盤以降はがぜんスリリングな展開となる。

共同監督の2人は、この作品を可能な限り多くの観客に届けたかったのだろう。「政治とスポーツ」の問題を両国の歴史的で深い対立を背景に映しながら、エンタメ性にも十分配慮した作品に仕上がっている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)