プロダンスのD.LEAGUEのdip BATTLES・KENSEIをインタビューした。23ー24 SEASONまだ白星はなく全敗だ。聞きにくい状況だったが、ダンサーを兼務する22歳の最年少ディレクターはこの苦境で何を思うのか? 取材を受ける気持ちにもならないなら、それでもよかったのだが、快諾してくれた。本番前のリハーサルの合間に向き合った。約束の10分間を超えて、30分に及んだ取材を終えると、「楽しかったです」と笑顔でエレベーターに乗り込んでいった。
記者になって30年を超えたが、満足なインタビューができたことはほとんどない。取材時間中に笑いが絶えなかったことはよくあるが、相手の新たな一面を引き出して、書いていても、読み直しても100点以上だったことはない。ただし、別れ際に「楽しかったです」と言ってくれたのは2人いた。1人はブレーク直後の藤原紀香。当時、ロングインタビューの際には必ず締めたパンダ柄のネクタイが功を奏したのを覚えている。
もう1人はEXILEのAKIRA。静岡版掲載用の取材で、磐田東高校時代にサッカー部の練習後、真夜中に1人で踊っていたエピソードから始まると、彼のトークのバイブスがどんどん上がっていき、雰囲気も内容も楽しいものになった。「オドリバ」の読者のみなさんなので、その一部をどうぞ…。
サッカー部の練習が終わってから、夜中に磐田市民文化会館の窓ガラスを鏡代わりにして、ウォークマンやラジカセを聞きながら踊りました。親は信じられなかったみたいです。夜10時や11時ごろになって、自転車のかごにラジカセを乗せて出て行くんですから。きっとほかに悪いことをしていると思っていたようです。1度母ちゃんが姉ちゃんを連れて尾行してきたそうです。見たら1人で踊っていた。「だったら、やらせてあげよう」ってことになったそうです。そのことは最近になって聞きました。僕が嫌がるのを知っているから、黙っていたんです。(2010年1月7日付静岡版より)
ストリートダンスの認知度がかなり低かった時代ではあるが、今の若きダンサーにも通じるような、青春エピソードにほおがゆるんでくる。
さて、KENSEIだ。今回の取材は6歳から始まった彼のダンス人生を語ってもらった。「楽しかった」のは初心に返り、自分が踊り続ける意味を確認できたのかもれない。小4の時にダンスをやめたり、中学時代はバレー部のアタッカーだったり、なかなかの紆余(うよ)曲折ぶりなのだが、その根底にあるのが、「いい学校を出て、地方公務員のような安定した職に就いて欲しい」という両親の願いへの反発だった。ついには国立の熊本大に合格しながら、進学せずにダンスの道を歩むため上京してしまう。そのエピソードに驚いた。「えっ、熊本大だよ! 宮崎美子の後輩だよ。『今の君はピカピカに光って』だよ。ジーパン(デニムのパンツ)脱いじゃうんだよ!!」。ミノルタのCMで一世を風靡(ふうび)した女優のことを、43歳下の彼も知っていた。そして、本来私は同じ熊本大でも斉藤慶子推しだったことに、触れずにいた。他県なのだが地元の国立大には、行きたくても試験すら受けられなかった私にとって、何とももったいない決断だ。彼よりも、親御さんの気持ちを察してしまう。そして、今季の開幕前はディレクター就任が分岐点になる。ここでも、彼は当初描いていた道とは違う選択を決意する。
開幕前、私は「ニッカンPREMIUM」に掲載の「DリーガーのオドリバPREMIUM」で今季の順位予想をした。dip BATTLESは6位でCS進出と予想した。開幕前のSEASON.0のステージでもっとも自由に、楽しそうに、笑顔で踊っていたのが印象に残ったからだ。そして、開幕後、会場でファンサービスの場に遭遇すると、同じように自然な笑顔でファンを迎える様子に触れた。今回の取材を依頼したのは、ピカピカに光っている若者の笑顔の裏側を知りたかったから。とって付けたような理由だが、取材を終えて、ますます、今季の彼らを追い続けたいと思った。深夜に外出するAKIRAを尾行したお母さんのように…。これも取って付けたようだが、そう思っている。【特別編集委員・久我悟】





