絶妙に力の抜けた歌声でしたが、歌詞の節々からは喜びが伝わってきました。「♪順位戦、楽しみ~♪ ♪順位戦、楽しみ~」。ネット上では「アゲアゲさん」と呼ばれ、「将棋ユーチューバー」として活動しながら20年にプロ棋士編入試験に合格した折田翔吾五段(33)が先日、大阪市の関西将棋会館で行われた第73期王将戦1次予選決勝で藤原直哉七段(57)に勝ち、規定によりフリークラスから順位戦C級2組への昇級を決めました。

YouTubeでは、独特なメロディーによる自作の歌を披露し、晴れ舞台でも歌声を披露することもあるアゲアゲさん。感想戦後、名人を目指すことができる舞台に立つことができる心境を歌にすると? 報道陣のリクエストに「♪順位戦~」の即席の歌声を披露してくれました。

直近の成績を20勝10敗とし、「良い所取りで30局以上の勝率が6割5分以上」の昇級規定を満たした結果でした。プロ4年目の“脱出”でしたが、プロ入り後10年以内に昇級できないと引退という規定もありました。

終局後、「フリークラス生活が3年ぐらいあり、長かった。ようやく抜け出せて、うれしく思っています」とホッとした表情を見せました。

藤井聡太竜王(王位・叡王・棋王・王将・棋聖)のタイトル戦の舞台で、記録係を務める折田五段をよくみかけました。昨年12月、鹿児島県指宿市で行われた藤井竜王と広瀬章人八段との第35期竜王戦7番勝負第6局でも記録係を務めていました。

向かい合った対局者の間に座る「記録係」はプロ棋士になる手前の奨励会員が務めるのが慣例です。トップ棋士の戦いを目の前で見ることができるため、以前は高倍率でした。最近は、連盟関係者によると、リアルタイムにネットで棋譜をチェックすることができるようになり、以前より人気がないといいます。

“立候補者”がいないときなど、折田五段は現地へ向かいました。対局が終わるまでは基本的にずっと対局場に、はりつくたいへんな役割です。

「毎回、得るものが多く、自分に足りないものを痛感した」。トップ棋士と同じ盤面を見て、緊張感が漂う空間で、頭をフル回転させる。ネット時代とは正反対のアナログ的なものかもしれませんが、「どの先生も集中力があった。自分も集中してやらなければと思った」。刺激を受け、研究時間も自然と長くなりました。

思えば、歴史と伝統のある名人を目指す舞台に立つことができるまで遠回りもしました。折田五段はプロ養成機関の奨励会でプロ入り手前の三段まで昇段し、5年10期参戦したが、16年に26歳の年齢制限に阻まれ、退会しました。

以前、そのときの心境をこう語りました。

「1つの人生が終わった。死んだという感覚に近かった」

一方で「自分のこれまでの将棋を遊び駒にしたくない」という思いもあったといいます。退会後も将棋の実況をユーチューブで配信するかたわら、アマ枠で参加したプロ公式戦で棋士相手に10勝2敗の成績を収め、19年8月に棋士編入試験の受験資格を得ました。棋士編入試験5番勝負に臨み、対戦成績3勝1敗で合格しました。

今回は「10年で引退」というプレッシャーの中、はい上がりました。「奨励会のときから名人戦の記録を何局もとらせてもらった。森内先生、羽生先生、あこがれの存在でした」。

来年度の第83期順位戦から参加します。順位戦はA級からC2まで5クラスあり、リーグ戦の成績によって昇級・降級し、A級優勝者が名人戦の挑戦者になります。アゲアゲさんの「名人への道」が始まります。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)