昨年12月6日に54歳で亡くなった中山美穂さんが主演し、1995年(平7)3月25日に封切られた主演映画「Love Letter」の公開30周年記念4Kリマスターが4日、封切られた。同作で長編映画デビューを果たした岩井俊二監督(62)は「亡くなってしまったことが後押しに…美穂ちゃんのおかげ」と語る。22日に東京国際フォーラムで開催されるお別れ会を前に、かなわなかった“宿題”を含め、中山さんと歩き始めた30年の監督人生を語った。【村上幸将】
★急逝
4Kリマスターは公開30周年で何かできないかと、この1年、話が出ていた企画の1つだった。昨年12月6日に全国に衝撃を与えた、中山さんが自宅浴室で急逝したとの一報から「実現のリアリティーが微妙なライン」の話が進んだ。
「(訃報は)普通にネットのニュースで昼間に見てしまった感じですね。ぼうぜんというか…。美穂ちゃんが亡くなってしまって(製作の)フジテレビも、ぜひ、やりましょうと一気に話が進んで決定したので、ほぼ突貫に近くて…」
同日夜、SNSに「デビュー40周年、『Love Letter』30周年、そんなメモリアルな来たる2025年、雪のあるうちに一緒に小樽に聖地巡礼しようと約束していた矢先の訃報」とつづった。中山さんとのやりとりは、1カ月前の昨年11月7日だった。
「そんなに長いメッセージのやりとりではないけれど『雪のあるうちに行きたいよね』と。行く気満々で、あとはスケジュールだけという感じ。会えるつもりでいたんで、年が明けたら小樽だと思っていたんですけど…突然すぎましたね」
★対面
岩井監督の脳裏には、中山さんとのファーストコンタクトが今も鮮明に残っている。河井真也プロデューサーから「美穂ちゃんで主演はどうか」と提案され、フィアンセの藤井樹を亡くした神戸在住の渡辺博子と、中学時代を小樽で過ごした樹の同級生で同姓同名の女性・藤井樹の2役を、果たして演じることができるか確かめようと対面した。
「(85年のTBS系ドラマ)『毎度おさわがせします』などコミカルな役を多く見ていた印象で、大切な人を亡くして憔悴(しょうすい)する渡辺博子役は、いまいちイメージできなかった。実際に会って、どちらかというと素顔はそちら(博子)のトーン。チャキチャキした人ではなく、非常にシャイでナイーブな感じの受けこたえで、テレビで見ていたのと全然、印象は違って。『映画が、あまり好きじゃない』という話も出て、口説きにいっている手前『一緒に好きになりましょう』みたいな話もした。彼女でやるイメージは、自分の中でしっかりでき、その後、快諾いただけた」
撮影中に1度だけ演技の相談を受けたことも昨日のことのように覚えている。
「藤井樹のシーンから撮って、切り替えて渡辺博子を撮るスケジュールで。ある日『イメージが自分の中で、でききれていない。藤井樹は自分の本当に素のままだから大丈夫なんですけど、渡辺博子という役が自分から遠すぎて、どう演じて良いか分からない』と。自己認識が僕の認識と180度、違うところが面白い。素のままで良いと言うと混乱すると思い、ヒロイン像を話していたら『何か分かった気がします。大丈夫です』と突然、話を遮られ立ち去っていった。実際に現場に入ったら、まさしく僕が知っている素の感じで。ご本人は多分、1周、回って演じたんだろうけど」
★褒め
初号試写で中山さんの涙を見て手応えをつかんだ。それから24年後の20年「ラストレター」に「Love Letter」で博子に好意を寄せる樹の先輩・秋葉茂を演じた豊川悦司(63)とともに起用。中山さんは「初めて岩井さんに芝居を褒められた」と語った。なぜ起用したのか?
「褒めていなかったですかね(笑い)。2人そろって相当、変な役。メインでやっても良いくらいの2人ですから、逆手にとって対極みたいな存在でいるのも2人しかいないと思い、かなりこだわってお願いして。正直、嫌かもしれない…何でこんな変な役をやらせるんだと思ったかもしれないけれど『Love Letter』を見た多くの人たちを、すがすがしいくらい裏切るには、ここまでやらなきゃいけない。うがった言い方をすれば、ある種、2人の成長、役者としての懐の深さを見せたかった」
「Love Letter」で歩み始めた映画監督としての30年間、岩井監督は中山さんと豊川の存在を常に感じていた。
「お互い、達者でやろうぜって感じで別れたと思うんですけど、そこから先の個々の生きざまを振り返ると、何かにおもねるでもなく、やりたいこと、やるべきこと、自分の魂にかたくななまでに正直に活動してきた。エンタメの世界でお客さんを楽しませるところ含め当然、やりたくない仕事もある中で、常に結果を出し続けなければならない。3人そろって難しい位置取りだったと思う。30年間、互いの息遣いを感じ取り、さりげなく背中を見て頑張っていると感じながら歩んできた。同志的なところがあったのかもしれない」
岩井監督にとって「Love Letter」とは一体、何なのだろうか?
「自分が作ったというより、初めてお会いして、この美穂ちゃん、誰もまだ見ていないよねというのを見つけたんだと思うんです」
★宿題
物語の全てが始まった渡辺博子のセリフ「あの人に宛てて届かないと思って送ったのよ…だって天国に送ったんだもん」を口にした中山さんは天国へと旅立った。中山さんに、届けられなかった“宿題”がある。
「大阪キャンペーンの時『映画しかやりたくない』と書いたメッセージがホテル(の部屋)に挟んであって。その時から挑んではいたんですけど、次の主演映画を、きちんと作ってあげることができなかった。その後も会って、どこかで何かを…と言っている間に、どんどん彼女も年を重ねていってしまう。亡くなる前まで本当に30年間、ずっと抱えていた宿題。達成できなかったのは僕の未熟さ、能力のなさ。そういうことがないよう進化しないと。まだ全然、足りていない」
そんな思いを込め中山さんに送る言葉を口にした。
「本当は席を並べて一緒に見て、飲みに行きたかった。かなったら、30年という歳月をかみしめた至福の2時間を過ごせたんだろうなと。『Love Letter』は、互いの絆をつなぎ続けた細い1本の糸みたいなものだったと感じながら生きてきて。まだ切れたとは思っていないし多分、天国につながっていて。僕のやるべきことは、まだあるんでしょうし、いずれは同じところに行くのか、地獄に落ちるのか…仮に地獄に落ちても『Love Letter』の糸は多分、つながり続け、お互いを感じ合い続けられるのかな。僕個人にとって人生の中で、ずっと意識し続けた女優さん…本当にありがとう」
▼豊川悦司(63)
毎日、美穂ちゃん相手に芝居することが楽しかった。僕も彼女もあまり話さない。次のカットまで12時間、隣に座って3言くらい。それでも交わすセリフの向こうに通い合うようなものがあった。中山美穂の代表作だと思うし、以前と以降で仕事への考え方が変わったと思う。







