塚本晋也監督(66)が、14年「野火」、23年の前作「ほかげ」に続く新作「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(9月11日公開)で3度、世の中に戦争を考える機会を投げかける。ベトナム戦争帰還兵の自伝を実写化し、加害者の視点から戦争を描いた同監督。政府が防衛費を増額し、改憲の意欲を示すことにデモも起きている中での公開に「この映画を見ていただくと、戦争に行くと、こういうことが起こるとリアルに分かってもらえる」と語った。【村上幸将】
★原作者自ら志願従軍
原作者のアレン・ネルソンさんは、18歳で米海兵隊に志願し、ベトナム戦争に従軍。最前線で殺戮(さつりく)を繰り返し20歳で帰還後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされ回復に20年も要した。沖縄での暴行事件をきっかけに、96年にキャンプ・ハンセンで訓練を受けて以来30年ぶりに沖縄に向かった。その後、日本国内で1200回以上、講演を開き戦争の現実を訴え、09年9月に枯れ葉剤の影響とみられる多発性骨髄腫で死去。塚本監督は映画化を考えたが米国、ベトナムが舞台の中心で、多額の製作費がかかることは火を見るより明らかだった。
「生まれたところから亡くなる直前まで語っている人が、見渡してもいなかった。まして、内容はショッキングで、最初に読んだ時から映画になったら、すごいなと浮かんだ。ですけど(製作の)規模があまりにでかいので、考えないようにしようと思いました」
商業デザイナーの父一雄さんが8ミリビデオを購入、中学2年の14歳で映画を撮り始めてから一貫して、作りたい映画を自分が製作費を捻出し製作、脚本、撮影、編集など全てに関わる、自主映画の体制を取ってきた。「野火」は、日本兵による人肉食にも触れた大岡昇平の小説と出会い40年、募った思いを一雄さんの遺産もつぎ込み自ら主演し映画化。その過程で戦争資料を読み、加害者目線で描く必要性を感じ、18年1月に原作を元にプロット(あらすじ)を書き始めた。
「(自主映画の体制を貫いたのは)監督として作りたい(映画を作る)欲が、ずっとあったから。『野火』も、自分の作ってきた映画の中で一番、大きな規模で作りたかったんですけど結局、とんちを使って自主映画にしましたけど、これ(『ネルソンさん-』)だけは、とんちが利かない」
★企画提案後コロナ禍
大きな映画を手がける会社から声がかかり、企画提案し1年、話を進めたが海外からの出資がつかず、キノフィルムズに話を持ちかけた。20年にGOサインが出たが、全世界がコロナ禍に見舞われ、製作もストップ。その後、22年1月に一つの条件を提示された。
「キノさんも海外からの出資を想定していた中、集まらず、(製作は)1社でいかがですかと聞いたらYESと。その条件が1人か2人、誰もが知っている俳優を起用することでした」
リモートでオーディションをしていく中、ブロードウェーミュージカル「RENT」出演の米俳優ロドニー・ヒックス(52)と出会い、ネルソン役に決定。23年に全米映画俳優組合(SAG)がストに入り、オーディションが難しくなると世界に視野を広げ、ネルソンの主治医ダニエルズ役には、米アカデミー主演男優賞を受賞したオーストラリアのジェフリー・ラッシュ(75)の起用に成功。全ての準備を終え、25年2月からタイ、米国、日本、ベトナムの順に4カ国で撮影した。
「全編、ほとんど英語ですから恥ずかしくないよう英語講師を付けた。メインのチームに加え、撮影する4カ国に専門チームを置き(各国を描くに当たり)おかしなことがないよう、細かく作りました。多くのお金を出していただきましたが、有名な俳優が1人いるという条件だけで何か制約があったこともなく、いつも(自主映画)と全く変わらずやらせていただいた」
★内臓飛び散らかし…
ネルソンは20歳で帰還後、暗闇や音に反応し戦場に引き戻され、苦しむ。医師のカウンセリングを受ける中で戦場での殺戮は自らの意思と認め、回復。息子が高校から米軍の宣伝パンフを持ち帰ると、我慢できず高校に出向き自身の体験と戦争の恐ろしさを語る。そうした人生を映画化したが、ベトナム戦争を描くことが目的ではなかった。
「米国の、ここまでの課題を描く映画なので、米国の俳優が責任を持って出てくださることが大事でした。監督の作りたい欲というより、アレンさんを、この世の中に復活させないといけない使命感みたいなものは強くあった。ベトナム戦争を描きたかったわけでなく、戦争を描きたかった」
★「野火」と「ほかげ」と
その裏には、戦後70年に公開し終戦記念日に毎年、上映を続ける「野火」と、終戦企画と銘打った23年「ほかげ」に連なる戦争への思いがある。「野火」公開時は、集団的自衛権行使を容認する安全保障関連法案に関する議論が沸騰。それから10年…各国で紛争が起き混迷の一途をたどる国際情勢の中、防衛費を増やし続ける政府と自衛も必要と支持する世論を懸念する。
「『野火』を作った時は日本の不安だったのが、世界の不安になった。日本の人たちが、やる時はやると言ってしまうことは分からないこともないですが…結果、どういうことになるか想像して欲しい。戦争に行くのは、何か大事なものを守るためのヒロイックな行動だと思っている人がいるかも知れませんけど、行われているのは、内臓が飛び散らかして自分か相手が死ぬ、恐ろしい殺戮。物語にあるように、口からちょっとだけ血を吐き名言を言って死ぬなんて一切ない」
★「憲法改正の動きが」
政府が安保関連3文書の年内改正に向け有識者会議を開き、非核三原則の見直しの声も出ている中で、公開する意義を訴えた。
「憲法改正の動きが、かなり現実的になった。憲法を変えたい人たちの大きな目的は、戦争をできる国にすること。僕自身、映画に政治的なメッセージは入れませんが…今の首相の方針は皆さん、最初から分かっていますよね? (戦争は)するべき時はするし、大きな選択肢、というのは間違いない。その前提として、戦場って全然、きれいごとじゃない、とっても恐ろしく嫌な場所だということ。これから戦争に行く可能性のある若い人に、この映画を見て、考えてディスカッションしてもらいたい」
★批判あっても楽しみ
9月2日にイタリアで開幕するベネチア映画祭でコンペティション部門に出品する。全編、ほぼ英語の映画だけに各国の観客の目に留まりやすく、映画で描いた米国が、イランとの戦闘状態が続く情勢だけに、大反響を呼ぶ可能性もある。「世界に向けた映画では?」と問うと、うなずいた。
「映画祭のディレクターは(出品を)即決してくれた。難しいテーマだけに大きな一歩。お客さんからの反応…批判があっても楽しみ。僕も、そういう(世界映画という)気持ちで作っています」
◆塚本晋也(つかもと・しんや)
1960年(昭35)1月1日、東京都渋谷区生まれ。87年に「電柱小僧の冒険」で、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)グランプリ。89年「鉄男」で劇場映画デビューし、ローマファンタスティック映画祭グランプリ受賞。ベネチア映画祭と縁が深く、コンペ部門出品は、09年「鉄男 THE BULLET MAN」、14年「野火」、18年「斬、」に続き今回で4回目。俳優としても、16年「沈黙-サイレンス-」(マーティン・スコセッシ監督)、25年「宝島」(大友啓史監督)、28日公開の「時には懺悔を」(中島哲也監督)など出演作多数。







