長渕剛(58)が、8月22日夜から静岡県富士宮市の富士山麓で開催する「10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」。この一大イベントに向け、さまざまな角度、証言から連載する。

 第1章は「なぜ富士山麓で」と題し、前代未聞のライブ実現に尽力する人々に迫る。

 猛暑の7月下旬、都内のスタジオ。今月22日午後9時から23日午前6時まで行われるオールナイトライブの、初の通しリハーサルが実施された。部分的なリハーサルは繰り返せるが、休憩時間も本番同様に取る9時間のリハーサルは、時間的にも体力的にも何度もできない。

 国内最大級363平方メートル(約220畳)のサウンド・スタジオには、緊張感が張り詰めた。ミュージシャン、コーラスも含め100人近いスタッフが開始を待った。飲料水はもちろん、レモンの輪切りが大量に準備された。長渕所有の各種ギターが多数運び込まれている。実際に使う本数の何倍もある。

 「行こう!」。1曲目から全開のリハーサルが始まった。長渕の体には、その鍛え上げられた肉体には不釣り合いな心拍計が取り付けられている。「死ぬ覚悟がなければ、やっちゃいけない」「自分が命を懸けて何ができるのか」という長渕にとって、リハーサルも命懸けだった。

 2004年に約7万5000人を集め、鹿児島・桜島で行ったオールナイトライブでは、巨大なセットが組まれた。今回は10万人。セットは同等かそれ以上となる。国内最大級とはいえ比べものにならないスタジオ内で、長渕はその場で駆け足を繰り返した。巨大ステージの端から端を走る姿をイメージしていた。

 バンド編成は、ローレン・ゴールド(キーボード)など日米混成。合理主義的なイメージのある米国人ミュージシャンも、一心同体で演奏した。長渕のサインで、リフレインや楽器のソロ演奏が何度も続く。指示する長渕は時折、腕時計を見た。

 混沌(こんとん)とした不安や危機感があふれる日本の現実を憂え、「生きる意味、生きる感じ、生きる感覚をみんなと共有したい」と日本の象徴の富士山麓を会場に選んだ。そして日本人の自尊心と連帯を呼び起こすため、「俺たちの手で、魂で、朝日を引きずり出す」と誓った。オールナイトライブのクライマックスは、間違いなく富士山からの日の出。長渕は、その時間を逆算しながらリハーサルを行っていた。

 ただヒット曲を9時間歌うのではない。11年3月の東日本大震災で起きた福島の原発事故。長渕は怒りを「カモメ」に込めた。リハーサルで、原曲では現在進行形だったその歌詞を、過去形で歌った。過去形が、復興が遅々として進まぬ絶望感を倍増させた。進化する長渕の歌唱だった。

 「いくぞ~!」。長渕が絶叫すると、スタジオ内のスタッフ全員が拳を上げて呼応した。リハーサルとは思えない熱気。長渕はミュージシャン、指揮者、演出家、タイムキーパーと何役もこなした。

 セットリスト(曲目と曲順)は確定していない。ただ、絶対に歌うであろう1曲が、このライブのために作った新曲「富士の国」。

 <歌詞>国旗が生まれた日本の頂(てっぺん)に 陽よ昇れ! 霊峰富士の国の頂に 俺たちは生まれてきたんだ

 スタジオの壁に巨大な鏡がある。長渕はその中に、もう1人の長渕が富士山麓で歌い、10万人が覚醒していくシーンを確信とともに見ていたはずだ。【特別取材班】

 ◆長渕剛(ながぶち・つよし)1956年(昭31)9月7日、鹿児島生まれ。78年「巡恋歌」で本格デビュー。「順子」「乾杯」「とんぼ」などヒット曲多数。アルバム「昭和」「JAPAN」などオリコン週間ランキングで12作の首位は男性ソロ最多。俳優としてドラマ「家族ゲーム」「とんぼ」など、映画「オルゴール」「英二」などに主演。全国で詩画展を開催するなど芸術家としても活動している。血液型A。