型破りな芸人人生を駆け抜けた落語家、月亭可朝さん(享年80)と近い弟弟子だった桂ざこば(70)は12日、自らが後進育成のために大阪市西成区で開いた「動楽亭」で、可朝さんをしのび、奔放エピソードを続々、披露した。
「ええ人やった。おもろうて、不思議な人やった」
ざこばは、中学時代から故桂米朝さん(享年89)に師事を望み、63年に弟子入り。すでに腹話術師の出身で故先代桂米紫さん、可朝さんと、故桂枝雀さん(当時・小米)が兄弟子としており、枝雀さんと2人で米朝さん宅で内弟子修業をしていた。
可朝さんは最初「林家染奴」を名乗り、先代林家染丸さんの弟子だったが、師匠夫人と「できてもうて」破門。戦後は十数人から出発した上方落語界は当時、人材難で、米朝さんが染丸さんに声をかけ「うちで預かる」と了承を得て、名前を考えたが、可朝さんは拒否。勝手に「桂小米朝」を名乗ったあげく、自由気ままに「月亭」を立ち上げ、後に月亭可朝と称した。
ざこばは朝丸を名乗っていた時代、可朝さんと仕事をともにすることが多く、ある時、移動の電車内で「前のおっさんからみかんもらえ」「おっさんの頭をはたけ」などどムチャぶり。ざこばが断ると、決まって「俺がやったら1000円くれるか」と言い実践。荷棚の荷物を取り損ねた振りをして男性の頭をはたくなどし、毎度、1000円をせしめていたという。
「そんなムチャ、どうやってやんのか、見たいやんか。毎回、引っ掛かった」そうで、そのたびにざこばは1000円を献上。飛行機で移動した際には、荷物を運ぶベルトコンベヤーの上に「乗って一周回れ」との指示が出て、拒否したところ、可朝さんが決行。「ひょこんとベルトの上に乗って、いったん(奥に)消えて、(再び)姿を見せたときにはギター持ってた」そうだ。もちろん、このときも、ざこばが1000円を支払うはめになった。
賭け事が大好きだった可朝さんは、トレードマークのカンカン帽をぬぐと、くるりと回して「1000円入れろ」。周囲にいた人間が札を入れるとじゃんけんをし、いつも可朝さんが勝利して「全どりや」。仕事の待ち時間に雑誌を見つけると、めくったページの数字をもとに「カブやろ」と言い、やはり、可朝さんは強かったという。
「ほんま、あの人と仕事行くんいややった」と言いながらも、ざこばは懐かしそうに、枚挙にいとまがない秘話を次々に披露。「今日は『上燗屋(じょうかんや)』しゃべろうと思ってたのに、可朝兄ちゃんの話したら、終われへんかったわ」。持ち時間すべてを「可朝さんネタ」でしゃべり終え、苦笑していた。



