“悪役”は実に温かい人物だった。4月25日に行われたアート展示イベント「NHKハート展」の開会式で取材した悪役商会の八名信夫(83)である。

式であいさつした八名は、とても83歳には見えなかった。背筋は凜(りん)として、スーツの着こなしもばっちり。プロ野球の東映フライヤーズに投手で入団した経歴も納得の体格と立ち振る舞いだった。

身体にハンディキャップを持つ人の50編の詩に、芸能人など50組がアートでコラボするイベント。八名は「60年間、悪役ばっかりやってきました。今回、感動しました。初めてです、60年で。人の心の言葉というのが温かく伝わってきました」。悪役らしくドスの利いた力強い声だが、優しい言葉を投げかけた。続けて「よくぞ僕に声をかけてくださいました。いいこと、したことないんです。最近は青汁屋のおやじみたいに思われてます」と自虐ネタも交えた。

さらに八名が現在、熊本など被災地を巡って映画撮影している話になると力がこもった。イベントに出展された子どもたちの詩を念頭に「被災地を回りながら、心の本当の言葉を表している子どもさんたちがいることを、皆さんに知ってもらえるために動いてみたい。汗を流して頑張ります」。83歳でも、まだまだ人を助けるというバイタリティーにあふれていた。

写真撮影にも気さくに応じてくれた八名からは、後日、丁寧な礼状が届いた。そこには取材への感謝とともに、あらためて、震災復興に携わる人たちを撮影した映画を無料公開していることについて、熱い思いもつづられていた。

悪役。おそらく、イメージで損をすることも多い。それだけに、実力と気遣いが人一倍、求められるのだろう。「日本一怖い悪役」は、「日本一優しい悪役」なのかもしれない。

同イベントの東京展は終了したが、来年3月まで全国10カ所で順次開催され、入場無料。八名は18歳の発達障害の女性が作った1編の詩に合わせ、女性の祖父母を自ら撮影した写真を提供している。作品を通して、見た目はコワモテの八名が、優しいまなざしでファインダーをのぞいたことであろうことが、きっと感じられると思う。【大井義明】