12年11月に92歳で亡くなった女優森光子さんの半生を描いた中公新書ラクレ「森光子 百歳の放浪記」(予価900円)が3月9日に出版されることが5日、分かった。元NHKの川良浩和氏が黒柳徹子(86)東山紀之(53)ら親しい関係者への取材をもとに書いた。子供こそいなかったが、家族同様の「愛」に包まれた晩年の姿があった。

   ◇   ◇   ◇

亡くなる1年ほど前、森さんは天気のいい日に自宅近くの喫茶店に出掛けた。ある日、隣のテーブルにいた赤ん坊を抱いた若い夫婦に声をかけた。「かわいいですね。うちも生まれたんですよ」。2回結婚したが、40代以降は「家族」を持たなかった森さんにとって、「うちも」は、11年11月に生まれた東山紀之の長女を指した。

誕生1カ月後に対面した様子を東山は明かす。「娘が本能のように森さんの指をぎゅっと握ったんです。2人の心が通じたのでしょう。娘は森さんから生きるという意味のエネルギーをいただいたようでした。しっかり抱いていただいて、おかげさまですくすく育っています」。森さんの舞台に初日と千秋楽に顔を出し、舞台袖までエスコートした東山は、自宅を家族と訪れた。「顔を見せることが大事だと思いました」。訪問は亡くなるまで続く。「母」のような存在だった。

若い頃は事務所も一緒だった黒柳徹子は「妹」だった。森さんに「徹子ちゃん、子ども産まない? 産んだら、私育ててあげるから」と言われた。長年、ファクスをやりとりした。最後のファクスに「あなたとまた野菜カレーを食べに行きたくて、リハビリをしています」とあった。すぐ返信したが、返事はなかった。

10年2月、森さんは5月に予定した「放浪記」公演中止を発表。その後は11年「放浪記」50周年に備えスクワットなど体力づくりを始めたが、実現しなかった。以降、森さんは女優仲間に会おうとしなかったが、90歳の誕生日はジャニーズのメンバーに祝福された。彼らは「息子」だった。

その1人の堂本光一(41)は、森さんが生前最後に撮影した写真を楽屋に飾っている。主演する「SHOCK」のポスターを森さんが掲げた写真で、12年2月の初日に届いた。森さんは激動の時代を生きたが、自分は平和な時代に公演を行っている。「森さんの写真を見るごとに、感謝の気持ちを忘れないでステージに立とうという気持ちになります」。亡くなって8年。森さんは今も、「家族」たちの心の中に生きている。

○…舞台の共演者も「家族」だった。楽屋に集まり、本番前の「お茶会」が日課だった。同書では「放浪記」で森さん演じる林芙美子のライバル日夏京子役の奈良岡朋子(90)浜木綿子(84)も登場し、奈良岡は「袖から森さんの舞台を見ているだけでうれしかった」。再演で森さんは風邪で入院し、代役を頼まれた浜は断った。後に「ありがとう」と感謝された。ドラマ「時間ですよ」で初めて母役に起用したプロデューサー石井ふく子さん(93)は「森さんはハートで芝居をしていた」。子供はいなかったが、不動の「日本のお母さん」になった。

○…森さんの舞台衣装や台本などの遺品は今年、半世紀近くCMに出演した「タケヤみそ」の長野・諏訪市にある本社工場に運び込まれた。工場にある建物で、100歳の誕生日の5月にも公開を検討している。