落語家の林家こん平さん(はやしや・こんぺい、本名笠井光男=かさい・みつお)が17日午後2時2分に誤嚥(ごえん)性肺炎のため亡くなった。77歳だった。
こん平さんの弟子で、日本テレビ系「笑点」のオレンジ色の着物を継いだ林家たい平(56)が21日、日刊スポーツの取材に応えて、亡き師匠への思いを語った。
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たい平は1988年(昭63)にこん平さんに弟子入りした。
「落語のことで叱られたことはありませんでした。本当に自由に伸び伸びと育ててくれました。師匠を見ていて『芸人は愛されなくちゃいけない』と思いました。『こん平師匠』と呼ばれるより『こんちゃ~ん』と声をかけられると、うれしそうにしていました」
こん平さんは04年9月に、前番組の「金曜寄席」から出演していた日本テレビ系「笑点」を休演。たい平が代役として出演、翌05年5月から正式メンバーになった。
「ずっと何もお手伝いができなかった。『笑点』で師匠の代わりに座って『こん平の弟子』と言ってもらえるように頑張るしかなかった。大変でしたが、うちの師匠はこれを毎週、40年以上もやって来たんだと偉大さを感じました。師匠の名前に恥をかかせちゃいけない。『こん平の弟子はつまらない』と言われないようにと思うだけでした」
陽気な人柄で、みんなから愛されたこん平さん。その「笑点」の座を受け継ぎ、これからも続けていく。
「楽屋で、ずっとニコニコと話しかけて笑いをとっていました。飲みに行っても、みんなでわいわいやるのが大好きな方でした。師匠がずっとおやりになってきたように、私が同じオレンジ色の着物を着て日本中に笑いを作っていきたいと思っております」



