大正から令和まで、4時代を生きた作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)さんが9日、心不全のため京都市内の病院で死去した。99歳。11日、寂聴さんが京都に開いた寺院「曼荼羅山 寂庵(まんだらさん じゃくあん)」が公式ホームページで発表した。作家、尼僧としてメディアにも多数出演し、愛や性をオープンに語りながら、人々の悩みや心に寄り添う法話を長く続けた。
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寂聴さんの自分を貫く行動、人生観は、常に時代を先行した。結婚後、夫の任地中国へおもむき、帰国後に年下男性との道ならぬ恋。愛憎をへて1957年に発表した「花芯」では、作品中の性愛描写から「子宮作家」とやゆされた。数年間、文壇で不遇を味わったが、個性を閉ざすことなく、三角関係を描いた62年の自伝的小説「夏の終り」は代表作となり、半世紀後に映画化された。
00年の日刊スポーツのインタビューでは「私は1度も性を主題に書いたことはありません。いつでも『人間』を書きました。人間の1つの特性としての性であり、子宮は胃や腸と同じ内臓の1つと思っています」と自己分析し「私を子宮作家と呼んだ批評家は、後で謝りましたよ」と回想している。
同インタビューでは現代の社会問題でもある性の多様性についても言及。「性愛のない若い夫婦が増えていると聞き、嘆かわしいと思っています。愛し合う異性同士が性愛で結びつくのは当然」とした上で「ホモもレズも自由な愛の形で差別すべきではないと思います」と語った。
不倫関係清算のため51歳で得度した後も、テレビ番組などで飲酒、肉食を明かし、恋愛を語り、世相を鋭く斬った。05年には宮沢りえが寂聴さんを演じたフジテレビ系「女の一代記」で半生をドラマ化。晩年には「親友」と呼ぶ66歳下の容姿端麗な秘書、瀬尾まなほさんとの二人三脚の生活も話題になった。90歳代でSNS発信も活用。波瀾(はらん)万丈という言葉で収まらない人生について、寂聴さんは2年前のインタビューでこう言っている。「私は、好きなように生きているから(閉塞感は)感じない。自分のしたいことをすれば、息苦しくなんてないですよ」。



