20日に前立腺がんのため、75歳で亡くなった西郷輝彦さんの代表作のひとつ「どてらい男(やつ)」を制作した関西テレビ(大阪市、現カンテレ)は21日、西郷さんの訃報に「残念でなりません。ご冥福をお祈り申し上げます」などと、おくやみのコメントを寄せた。

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劇作家花登筐が手がけた同ドラマは、山善をおこした山本猛夫をモデルに、少年が商人として立身出世する物語を描いた。「立志編」「戦後編」「激動編」「死闘編」「総決算編」として、73年10月2日から77年3月27日の最終回まで、全181回、全国ネットで放送。人気シリーズとなり、西郷さんにとって、俳優としての“出世作”でもあった。

同局は「私どもとしましても、残念でなりません。西郷さんのご冥福をお祈りいたしまして、つつしんでおくやみ申し上げます」とコメントした。

同番組をめぐっては、同局が20年8、9月に3回にわたり「よみがえる名作ドラマ!『どてらい男(ヤツ)』スペシャル座談会」を放送し、西郷さんが出演。西郷さんと、主人公をいじめる“やり手の番頭役”で出演していた松竹新喜劇の高田次郎(90)が対談した。第2弾以降の企画も進行していたという。

 

◆西郷輝彦(さいごう・てるひこ、本名・今川盛揮=いまがわ・せいき)1947年(昭22)2月5日、鹿児島県生まれ。64年に「君だけを」で歌手デビューし、同曲と「十七才のこの胸に」で日本レコード大賞新人賞を受賞。同名映画で銀幕デビュー。66年には「星のフラメンコ」がリリースから2カ月で50万枚を売り上げる大ヒット。73年のフジテレビ系ドラマ「どてらい男」に主演し、俳優業に挑戦。デビュー30周年を迎えた94年に「別れの条件」で歌手活動を本格再開。