女優泉ピン子(74)が、昨年4月に95歳で亡くなった脚本家橋田寿賀子さんの遺骨をこのほど海洋散骨し、16日、「涙がとまりませんでした」とコメントを発表した。
ピン子は今月14日、クルージングを愛した橋田さんとともに何度も乗船した客船「飛鳥」で横浜港を出港。15日午前10時から散骨し、この日、神戸港で下船した。散骨の際は、慣れ親しんだ飛鳥のスタッフ一同が酒や花、おにぎりを備えた祭壇をつくり、ともに悲しんでくれたとし、「本当にありがとうございました」と感謝を述べた。遺骨は、最期をみとったピン子が、火葬の際に「特別に分けてもらったもの」という。
ピン子は、NHK連続テレビ小説「おしん」や、TBSドラマ「渡る世間は鬼ばかり」など数々の橋田ドラマに出演。プライベートでは橋田さんを「ママ」と呼んで慕っていた。
散骨を終え、ピン子は「ほっとしています。6月15日の10時から始まり、11時過ぎに無事に終わりました。先生との思い出があふれてきて、飛鳥に乗る前から、飛鳥に乗ってからも涙がとまりませんでした。1人で乗ったことはありません。いつも先生と一緒でした。先生は大好きな飛鳥で大好きな海に帰りました」とコメント。
橋田さんとのクルージングの思い出に「いつでも先生が持っていた箸箱です。世界中、北極もマチュピチュも一緒に旅した箸箱です。その箸箱を、今回、飛鳥のレストランに持って行き、マネジャーさんはじめいろいろな方に触っていただきました。飛鳥の古い方、先生のレストランの係りの方、コーディネートの方。お部屋係のトップの方。皆さん悲しんで、参加してくだり、お花、おにぎり、お酒を用意してくださいました。皆さんに感謝です。本当にありがとうございました」。
橋田さん不在のこの1年の思いと、今後については「毎日先生に話しかけていました。亡くなった時、火葬場からこれまでの14カ月。思い出しても全く思い出せないほど悲しかったです。でも、飛鳥は違いました。鮮明に思い出が細かく一つ一つ思い出されました。今年の母の日は特に悲しくて、さみしかったです。花をおくれないこと、先生がいないこと、本当につらかったです。でも、これで気持ちの整理がつきました。私の中での一周忌です。もう泣かないで、帰宅後、手紙や写真を整理する覚悟が出来ました。これからはあるがまま、今、目の前の朗読劇を一生懸命やること。身体に気をつけて3年先、飛鳥IIIに先生の代わりに乗りましょう、と、また新たな目標ができました」と前向きにつづった。



