落語家の笑福亭笑瓶さんが急性大動脈解離で22日午前に亡くなった。まだ、66歳だった。

落語家と肩書を書いたが、笑瓶さんの落語を聞いた事がある人は少ないだろう。大阪芸大を卒業して、1981年(昭56)に師匠となる笑福亭鶴瓶(71)に一番弟子として入門。当時の鶴瓶はテレビの売れっ子ではあったが、全く落語をしない落語家でもあった。笑瓶さんも、鶴瓶が司会をしていた毎日放送のバラエティー「突然ガバチョ!」で売り出し、テレビタレントとして人気者になった。

片岡鶴太郎(68)が司会の日本テレビ系バラエティー「鶴ちゃんのプッツン5」で、情報番組に出ていた外国人タレント、アントン・ウイッキーさんのキャラクターをものまねして全国的にブレーク。87年には鶴瓶との師弟関係を維持したまま、鶴太郎、山田邦子(62)などに誘われて、大阪から2人が所属していた東京の太田プロに移籍した。

笑瓶さんにインタビューしたのは、東京に拠点を移籍したばかりの時だった。大阪生まれ、大阪育ちで30代になったばかりの笑瓶さんは、初めての東京にとまどっていたようだった。ネットなどない時代、東京と大阪には、その距離以上の隔たりがあった。時はバブルの真っ最中、大阪のバラエティーでブレークして、東京でも人気番組に出演しているのだから、イケイケかと思いきや、丁寧な言葉遣いで1つ1つの質問に話を盛ることなく答えてくれた。「モテるでしょう」という問いかけに「いやいや、そんなには。東京はすごいところですね」と年下の記者に返してくれたところに、人間としての誠実さを感じた。

その後、フジテレビの「ものまね王座決定戦」で「魔法使いサリー」のよしこちゃんのものまねでブレーク。芸能人のうわさ話をイニシャルを挙げながら話す“イニシャルトーク”を定着させた、TBSのバラエティー「MOGITATE!バナナ大使」では山田邦子と高嶋政伸(56)という異色の組み合わせに交じって、手堅さを発揮して番組を支えた。89年に始まり、TBSからBS-TBSに移った「噂の!東京マガジン」でも、司会の森本毅郎(83)や競馬評論家井崎脩五郎氏(75)ら“自由な先輩”たちを支えた。

東京だけでなく“地元”の関西でもダウンタウン浜田雅功(59)とコンビを組んだ読売テレビの冠番組「HAMASHO」などで活躍した。

ゴルフが好きで、ゴルフ番組やプロアマ戦の常連でもあった。15年(平27)暮れには神奈月(57)と千葉県内でプライベートでラウンド中に、今回と同じ急性大動脈解離で倒れた。ドクターヘリで緊急搬送されて一命を取りとめた。フジテレビ系ドラマ「コード・ブルー」などで一般にも知られ始めていたドクターヘリの重要性を図らずも認知させることになり「ドクター・ヘリのおかげで生きている」と話していた。

元気に復活して、21年度後期のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」にも出演。仕事とゴルフを楽しんでいただけに残念でならない。ご冥福をお祈りします。【小谷野俊哉】