ボタンさんがサプライズ出演した24年10月26日の天満天神繁昌亭。幸運なことに、記者は観客のひとりとして場内にいた。もちろんボタンさんの登場を前もって知っていたわけではない。小文枝さんの全国チャリティーツアーに興味をひかれて、チケットを買っていた。
ボタンさんが登場した瞬間、客席は不思議な沈黙に包まれた。彼の出演は誰にも知らされていなかったし、肺がん闘病の影響もあって頭が黒光りするほどそり上げられており「え? 誰?」という思いだった。
表舞台から姿を消し、人知れず入院生活を送り、それから5年半が経過していた。
「中田ボタンさんです!」と小文枝さんが紹介すると、観客席はワーッと盛り上がった。そのままボタンさんの闘病生活の話題になり「余命3カ月」「ステージ4の肺がん」など深刻な話も出たが、そこは芸人。舞台ではどこまでも陽気に振る舞い、しっかり笑いに変えていた。
闘病やリハビリの話を聞きながら、記者の頭にはさまざまな光景が走っていた。カウス・ボタンが売り出した当時、MBSテレビ「ヤングおー!おー!」などでは圧倒的な人気を集めていた。少し上の世代の漫才コンビ、横山やすし・西川きよし、コメディNo.1らも人気だったが、カウス・ボタンは明らかに異質だった。
アイドル風の長髪。衣装はベルボトムのジーンズ。おしゃれなTシャツで漫才することもあった。それまでになかった新世代のお笑いで、若い女性ファンから大歓声を浴びていた。
年齢を重ねてからは「借金」「女性問題」といったボタンさんのプライベートな部分をにおわせるネタで爆笑を取った。上方漫才大賞の受賞は3度。名実ともに大阪を代表する漫才師だった。
繁昌亭でのトークも、自らをさらけだし、サービス精神は現役の芸人以上だった。中田ボタンさんは昭和を代表する古き良き漫才師であり、同時にお笑いの世界に新たな歴史を開いた漫才師でもあった。【三宅敏】



