歌手近藤真彦が(61)1日放送のフジテレビ系「トークィーンズ」(木曜午後11時)に出演。多忙だった80年代のアイドル時代について話した。

近藤は80年「スニーカーぶる~す」でデビューし、翌年「ギンギラギンにさりげなく」で17歳で日本レコード大賞・最優秀新人賞を獲得し、トップアイドルに上り詰めた。

当時のアイドル雑誌の撮影を振り返り「表紙って、”時のアイドル”の人がかわりばんこにやって。やっぱ時のアイドルだから全員そろうのが夜中の11時とか12時なの。みんな仕事終わってから都内某所スタジオに集まって、みんな疲れてるんだよ」と当時の事情を告白し「2、3ショットに命をかけて笑って、あの笑顔があるんだよ。すっごいわざとらしい笑顔が。今見ると『よく笑ってるな』って思うよね。あんな忙しい中で」と回顧した。

また、近藤はライブのオープニングで骨折したことを話し、救急車で搬送されるも「マネジャーが『どうする?会場でファンの人が待ってるよ』って言われて『行かない』とは言えないじゃん。『行きます』って言ってそのままコンサートやったんだよ」とコンサートを続行したと話した。

その後、近藤はギプスに三角巾の状態で歌番組に出演し「その三角巾とギプス、それにサインしてファンにプレゼントしたんだから。『マッチの三角巾プレゼント』って。何でもありでしょ?その当時、コンプライアンスなかったから『こんなことやるんだな』って思って」とその状況を受け入れていたと語った。

この発言に指原莉乃(32)が「休み欲しいって言っちゃいけなかったんですか?」と尋ねると近藤は「休み欲しいというよりも『お前はもう、3ヶ月したら芸能界からいなくなるから』人気がなくなるからって意味。『1年したらいなくなるから』って常に言われ続けたんで、アイドルってそんなもんだと思うじゃないですか。だから『そうか、じゃあ今こんな時期に休みくれとかあまり言えないな』と思って我慢してたことはしてましたけどね」と当時の心境を打ち明けた。