人気アニメ「聖闘士星矢」主題歌「ペガサス幻想」などを歌ったロックシンガー「NoB」こと山田信夫さんが9日、腎臓がんのため亡くなった。61歳だった。

おじさん記者がNoBさんの歌声を初めて聴いたのは、高校生までさかのぼる。08年に肝細胞ガンでなくなったラウドネスのドラマー樋口宗孝さんが、83年にリリースしたソロアルバム「DESTRUCTION~破壊凱旋録~」に収録されたバラード曲「RUNAWAY FROM YESTERDAY」だった。

色気たっぷりで艶のある声、感情たっぷりに歌い上げるその表現力、そして音域の広さにド肝を抜かれた。同曲は世界的に見ても、今なお屈指の名バラード曲だと思っている。NoBさんは84年にMAKE-UPでデビューした。つまり、同アルバム発売時は、まだ19歳のアマチュアだったのだ。

おじさん記者は高校時代、実は、MAKE-UPのコピーバンドをやっていた。当時は、ギターサウンドを前面に出したゴリゴリのハードロックが主流だった。そんな中でMAKE-UPの魅力といえば、叙情的な詩とメロディアスな楽曲だった。

当時は田舎の高校生だったため、MAKE-UPを生で見ることはできなかった。NoBさんを初めて生で体験したのは、社会人になってからのHARD ROCK SUMMIT。そして、初めての取材は04年。MAKE-UPのデビュー20周年を記念した4枚のアルバムとライブDVDをセットにした完全ボックス「MEMORIES OF BLUE」発売時だった。

この時、好きがあふれ過ぎていたのか、NoBさんが少々引き気味に苦笑いしていたのを覚えている。先日調べてみると、この時のインタビュー内容が、なんと今でも日本コロムビアのHPに残っていた。興味のある方は「MEMORIES OF BLUE特設サイト」の「山田信夫インタビュー」でアクセスできるはずです。

このインタビューでも書いているが、NoBさんが叙情的な詩を書くようになったきっかけが、ユーミンだったことを知った。「今だから明かすけど」と前置きをしつつ、「フェイバリット・ライターがユーミンだった」と答えてくれた。「詩を書くのに試行錯誤していたら、当時のディレクターがユーミンの曲を教えてくれて目覚めた」という。「ハードロックで叙情的っていうのもどうかと思うけど」とも付け加えていたが…。だが、これこそMAKE-UPというバンドの特徴になっていたと、おじさん記者は確信している。

その後、一流ミュージシャンたちの本気のカバーバンドOSAMU METAL 80'Sやアニソンイベントなどで会うと、「元気?」と声をかけてくれた。思い返せば、声をかけてくれたころには、すでに腎臓がんを発症していたことになる。だが、そんなこともみじんも感じさせず、おじさん記者には笑顔で語り、ファンにはパワフルなステージを見せ続けた。

8月9日に亡くなったが、その約1カ月前までステージで歌っていた。まさに、ロックシンガーの生きざまをみせてくれた。

NoBさんをこの世界に導いたのは樋口宗孝さんだ。向こうで再会し、酒を酌み交わしていることを願う。NoBさん、お疲れさまでした。ゆっくり休んでください。【川田和博】