フリーアナウンサー笠井信輔(62)が6日、インスタグラムを更新し、前日5日に55歳で亡くなった、パラリンピックの競泳女子で通算15個の金メダルを獲得した成田真由美(なりた・まゆみ)さんを悼んだ。
笠井は駆け出しだった40年近く前に、フジテレビ系「タイム3」で成田さんを取材し、約40年の付き合いだったこと、成田さんが自身も患った、がんと闘っていたこと、最後に会ったのは、亡くなる11日前の8月25日だったと明かした。
そして「心の底から思う事はあちらの世界では思い切り自分の足で歩いてね 安らかに…ありがとう…真由美ちゃん」と別れのメッセージを送った。
笠井は「朝、LINEに届いたメッセージ 思わず声をあげてしまいました 相当覚悟はしていましたが、これほど早くその時が訪れるなんて…」と、成田さんが亡くなったことを知った瞬間の思いをつづった。
その上で「私が真由美ちゃんと出会ったのは、40年近く前 駆け出しアナの頃に『タイム3(スリー)』という昼のワイドショーで『明るい車いす少女』と言うタイトルで取材をしたのが最初でした その時、彼女は中学生か高校生 ほんとに可愛らしかった」と、成田さんとの出会いを紹介。
「いや、最後まで可愛かったよ そういわないと天国から『また何言ってるの!』としかられてしまうね だから、真由美さんではなく真由美ちゃんと呼ばせてください」と続けた。
笠井は「半身不随で車いす生活でしたが中学生の真由美ちゃんは『治療がうまくいったら歩けるかもしれない』と屈託のない明るい笑顔を見せてくれて、それから交流が始まりました」と成田さんが、歩けることに期待を抱いていたと振り返った。
その上で「しかし、一生歩けないだろうと言う状況になってくると『もう生きていけない』『死にたい』とメッセージが届くように…暗い内容の文章や詩をたくさん綴ったノートを送ってくれたのですがあるページには血痕がついていて未熟な私はうろたえるだけでした ただ、その気持ちは痛いほどわかりました」と、絶望を訴えた成田さんとも向き合った日々を紹介した。
そして「ところが、10年たって、彼女は水泳に出会い、立ち直ったのです まだ、マイナーだったパラリンピックに出るようになって明るさを取り戻しどんどん結果を残すようになりました マイナスの先にプラスはある そのことを真由美ちゃんは実践してくれました 嬉しかった 感動した 誇らしかった」と、成田さんが水泳で再生したと振り返った。
一方で「ただ、そうした中でも、真由美ちゃんは幾度となく体調を崩し、入退院を繰り返していました この写真は10年以上前 確か、佐賀で入院していた頃 お見舞いしたときのもの」と成田さんが体調を崩しがちだったことも明かした。
そして、自身が19年12月に悪性リンパ腫の「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と診断された際、成田さんが送ってきたLINEも紹介。
「笠井さんががんになった時、胸がはちきれそうに苦しくなった。でもこちらからの連絡は控えてた。真由美は遠くからしっかり見守ろうと。どんだけ苦しかったか、考えるだけでも穏やかではありません。乗り越えて今があるのは、少しだけでも同じ気持ち。パラの選手は、みんな乗り越えた先に、パラスポーツと出会ってるんだよね。」
その成田さんが「ところが、今度はその真由美ちゃんが「がん」になってしまったのです」と、がんに罹患(りかん)した際は「連絡が来て、7月に慌ててお見舞いに行き入院着の代わりのTシャツをプレゼントしたらとても喜んでくれました 猫とちいかわ」と、Tシャツを送ったという。「その後、抗がん剤治療を通院で行っていましたが、困難な状況は続いていて最後に会ったのは、亡くなる11日前 8月25日 弱音を吐かない真由美ちゃんが『苦しいよ』とラインを送ってきたのです 慌てて、夜ご自宅へ向かうと、かなりやせた真由美ちゃんが迎えてくれました ちいかわのTシャツを着て…」と、亡くなる11日前に会った際の状況をつづった。
「お母さんとお姉さんと姪御さんと5人で食卓を囲んだのですが、なかなか食が進まない真由美ちゃんに『なんでもいいから食べなさいね』と励ましたのが最後になりました」と続けた。
笠井は「ご自分の家庭生活があるのに、妹のためにすべてをなげうって献身的に在宅看護をするお姉さんには頭がさがりました そして、中学時代から車いすの真由美ちゃんを支え続けたお母様にも深い愛を感じましたそうした、大好きなご家族に見守られて、真由美ちゃんは自宅から旅立って行きました」と、成田さんの母と姉の献身的な看病があったこともつづった。
「55年の人生で、とてつもない困難を体験し、乗り越え、日本中のいや世界中の人を励まし続けた真由美ちゃん なぜ、そんなに頑張ってる人を、そんなに早く迎えにきてしまうのでしょう でも…最後、何週間も在宅看護で寄り添い、何日も寝ずに看病してくれたお姉ちゃんのことを考えて、早めに旅立ってくれたのかもしれません 最期の優しさです」とも。
そして「真由美ちゃん 中学生の時から、あなたのかわいらしさは変わりませんでした カラッとしてるかなと思うと、じめじめして、でもまた立ち直る 明るく前向きな真由美ちゃんが大好きでした 長い付き合いで元気な時は写真あまり一緒に撮らなかったのかな お見舞いの写真ばかり出てきて 元気な時の写真がみつけられなくてごめん」と、成田さんにメッセージを送った。



