元日刊スポーツのスポーツ部部長でジャーナリストの野崎靖博さん(85)が久米宏さんをしのんだ。野崎さんは1986年(昭61)4月からテレビ朝日系「ニュースステーション」にレギュラー出演。特徴的な太い眉毛から「マユゲの野崎さん」と親しまれ、久米さんとの軽妙なやりとりで人気を博した。
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久米さんと最後に会ったのは楽天がプロ野球に新規参入した時でした。ラジオ番組に呼んでくれて、裏話をしゃべりました。もう20年以上前です。動向はいつも気にかけていました。
「マユゲの野崎」の生みの親は久米さんなんです。86年4月から毎週木曜日、テレビ朝日のスタジオと東京・築地の日刊スポーツ本社を結んで、ニュースステーションのスポーツコーナーに出演することになったのですが、2回目の出演の時です。久米さんからいきなり「では、マユゲの野崎さん!」と呼ばれたのが始まりでした。
おかげさまですっかり定着し、その後の取材活動に大きなプラスになりました。ニュースステーションに出演する際、久米さんからは「誰も知らないような裏話をしてください」と要望されました。専門的な話よりも、スポーツの裏側にある人間ドラマを伝えてほしいということでした。ですから、スタッフを通じた事前の打ち合わせはいつも2、3時間かけてみっちりやりました。
ところが、いざ本番になると、久米さんは打ち合わせになかったことをポンとぶつけてくるんです。私も必死に答えないといけませんから、いつも緊張感がありました。逆にそれが視聴者に受けたのかもしれません。久米さんなりの演出だったんでしょうね。
昨年亡くなった長嶋茂雄さんも番組をご覧になっていたようで、ある取材の後、こう言われたんです。
「ところで野崎さん、久米さんとの組み立てがいいですね。いつも楽しみにしてますよ」
会話ややりとりを「組み立て」と表現するところがさすが長嶋さんです。最後に「うちの三奈(次女=ニュースステーションに出演していた)もお願いします」と付け加えたところも長嶋さんらしいですが。
長嶋さんをはじめ、野球界やスポーツ界の著名な方々を取材し、知己を得られたのはやはり、ニュースステーションの出演と「マユゲの野崎」が大きかったと思います。久米さんは私の恩人でもあります。ほかのメディア出演は断っても、日刊スポーツの依頼には応じてくれる律儀な方でした。心よりご冥福をお祈りいたします。



