25年8月16、17日にNHK総合で放送されたNHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」で題材となった総力戦研究所初代所長・飯村穣中将の孫飯村豊さん(79)が、NHKなどを訴えた損害賠償請求訴訟の第3回口頭弁論が22日、東京地裁で開かれた。原告側は、31日に公開を予定する、同作のドラマパートに40分の追加シーンを加えた、池松壮亮(35)の主演映画「開戦前夜」(石井裕也監督)について公開差し止めを求めた。
「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」は、猪瀬直樹参院議員(79)が1983年(昭58)に出版したノンフィクション「昭和16年夏の敗戦」が原案。出身官庁や企業から機密情報を集めて模擬内閣を作り、日本が米国と戦った場合のあらゆる可能性をシミュレートした、実在の総力戦研究所に着想を得たドラマ。石井裕也監督(42)が脚本・編集・演出を担当し、初めて戦争ドラマに挑戦。“圧倒的な敗北”の結論を手にした若者たちが、開戦へ突き進む軍や本物の内閣と対峙(たいじ)する物語。
原告の飯村さんは元駐フランス大使で、題材となった総力戦研究所の初代所長・飯村穣中将の孫にあたる。劇中に登場した所長の板倉大道陸軍少将というキャラクターによって、祖父の人物像が誤った描写で不当にゆがめられ、名誉を毀損(きそん)されたとして、NHKや番組制作会社などに550万円の賠償を求めている。
訴えの追加的変更として、映画の公開差し止めを求めた原告側は、NHKの井上樹彦会長に対話を求める書面を送ったことを明らかにした。その上で、ドラマがNHKの戦後80年企画として放送されたことを踏まえ、終戦記念日の8月15日前後まで映画館で上映されるであろうと想定し「(ロードショー公開後に上映される)2、3番館での上映や配信。パッケージで販売される。NHKは実行力を持って映画の上映を中止すること求める」と主張。足立堅太裁判長が「映画の公開差し止めは、公開日が近いので公開日までの判断は不可能。訴訟外の交渉で解決できませんか?」と問いかけた。原告側は映画の公開後、それを受けた、さらなる損害賠償請求訴訟を追加することを示唆。被告側は、訴訟の追加的変更は許されるべきではないとの認識を示した。
また裁判所は、基本的な争点として<1>板倉大道少将が、飯村穣中将をモデルにしたものと言えるか、という同定可能性<2>遺族の敬愛追慕の念が害され、それが不法行為法上、保護する必要がある程度の侵害なのか? という基本的な2つの争点を提示した。これに対し、原告側は「同定可能性と、もう1つ重要だと考えているのが、NHKスペシャルの信頼性、終戦80年企画ということもあり、モデル以前に『Nスペで役者を使って(事実の)その通りに再現している』と一般視聴者に思わせる」と主張した。
「開戦前夜」を巡っては、19日には都内で開催予定だったプレミア上映会が、原告側が14日の一般試写会の際に、会場入り口付近の公道で拡声器などを用いて街宣活動を行ったことを受け、中止に追い込まれていた。映画の製作委員会は前日21日までに声明を発表。「本作に飯村穣氏は登場しません。原告は、作中の『板倉大道少将』が飯村穣氏であると断定しておりますが、板倉大道は創作された人物であり、飯村穣氏とは、名前も外見も階級も異なります」と主張。「本作の公開により、故人である飯村穣氏の名誉が毀損されたり、原告の敬愛追慕の情が侵害されたりすることはないと考えております」と、原告側の主張に真っ向から反論した。
その上で「原告の主張は、本作に登場する人物像を一面的に捉えたものです。作中の『板倉大道少将』は単純化された人物ではなく、組織の論理に従わざるを得ない現実を理解し、その中で行動する人物として描かれています」と主張。「独自の見解に基づく一方的な主張によって作品の公開が制限されることになれば、この国における歴史、特に近現代史を題材とした表現行為は、題材を含めて著しく制限されてしまいます」と訴えた。
さらに「『板倉大道少将』は、もとより飯村穣氏とは異なる創作上の人物として描かれておりましたが、原告から示された懸念も踏まえて、作中の登場人物と飯村穣氏との混同を避けるための措置(「所長」という肩書および呼称を映画版では使用せず、さらに本編冒頭にフィクションであることを明示するテロップを付けるなど)を講じています。これらの措置は、テレビドラマ版および映画版のいずれにも法的な問題がないとしても、原告の主張に可能な限り配慮し行ったものでした。しかしながら、原告の納得は得られず、協議は成立しませんでした」と、フィクションであることが、はっきり分かる、適切な対応をしたことを重ねて強調した。
その上で「当然のことながら、製作委員会は法令に反する意図はなく、司法の場における判断には従います。しかしながら、原告の一方的な主張のみを理由として、作品を観客の皆様に届けることを断念する考えはありません」と、7月31日に予定通り劇場公開を行うことを改めて強調している。



