元フジテレビの初代“ひょうきんアナウンサー”の女優山村美智子(70)が7日、東京・目黒のブルースアレイジャパンで朗読劇ライブ「『VAVAVA』 Frozen in time~私たちの第2章~」の初日を迎えた。開演前に共演の藤本隆宏(56)と取材に応じた。
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山村は1980年(昭55)にフジテレビに入社。バラエティー「俺たちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」の初代“ひょうきんアナウンサー”としてブレーク。84年に同局の編成プロデューサーだった宅間秋史氏と結婚して、85年に退社。フリーアナウンサー、女優として活動してきた。2020年に宅間氏が65歳で食道がんで亡くなった。
「『VAVAVA』というのは、私が夫を亡くした後に、みんなが何かやろうよというところから始まったものです。最初は近藤サトさんと河野景子さんと3人で始めました。2回目もその2人で、その後は大鶴義丹さん、小出恵介さん、そして今回が藤本隆宏さん。ちゃんとお芝居をしっかり考えて、朗読だけれども朗読じゃない。没入感であるとか、そういうのもありますし、芝居とは違う、全く別な新しいジャンルを築き上げる人たちとご一緒にやらせていただいていると思います」
物語は“独居老人”への道を歩む女性スタイリスト五百蔵(いおろい)純子を山村が演じる。相手役に藤本、その弟を八百亮輔(41)が演じる。山村は「今年は、できればいっぱい笑ってもらいたい。ラブコメで、プラス藤本さんがとても歌が上手なので、演出の永山耕三大先生が『それじゃあ、歌をいっぱい入れましょう』ってことになりました。とても記念すべき5回目となりました」。
山村は今月5日に70歳の誕生日を迎えた。人生100年時代。局アナからフリーになり、長く活躍してきた先駆者だ。
「後輩のアナウンサーというか、後輩の女性という意味では、この今回の舞台のテーマでもあると思うんですけども。実はもう私なんかも本当にピークは終わっていたと思います。もうないのかなとか、いろいろ思っていますけど、実はこれからとてもあるということ。あと3分の1あるんですよ。人生が長くないですか。ということは、まだまだやることはある。だから、なんでもトライしてみるってこと。いろいろつらいこともあったけれども、それはプレゼントだと思って、次の新しいことに生かしていくっていう風ですかね」
80年代の「楽しくなければテレビじゃない」というフジテレビの風に乗って、アナウンサーでありながらタレントと伍(ご)して活躍した。「アナウンサーに関しては、もう自由にみんなやって、みんな仲が良くて、次から次へいろんなことやっていますけれども。アナウンサーであるってことで、ちょっと大変なことはいっぱいあるかと思うんですけれども、でもそれはすてきな仕事をみんな経験したわけなので。いろんな人に会ったりして、いろんなお話をしたのに、それを人生で生かさないともったいない。で、たった5年しかやっていないくせに、各局の全アナウンサー見ると、全員お応援しているんです。なんか頑張れと思うし、なんか間違ったら、大丈夫、大丈夫と」。
夫の宅間氏の死から6年。来月18日には七回忌を迎える。「あの時は、本当にもう死にたいと思っていました。その中で、この『VAVAVA』にしても、やるのはいいけれども2回目、3回目はやれるんだろうかと思っていました。表向きは元気ですよ、前向きでやるんですよと言っていたんですけれども。やはり“時薬(ときぐすり)”というのがあるように、時がそうなりました。さっきプレゼントと言いましたけれども、ある時に気がついたのは、夫が亡くなったことが、実は“神様からのプレゼント”なのかもしれないと。だから、こうやって『VAVAVA』をやったり、あるいは絵画を描き始めたりとか、TikTokでダンスをしてみたりとか、それは夫が生きていた時にやっているだろうかと考えると、おそらくしていなかったと思うんですね。だから、人生っていうのはいろんなところでプレゼントもらうもので、それが苦しいプレゼントかもしれないけど、それが花開く時もある。だから、そういう意味では、6年たって、そういう悲しみをプレゼントと捉えられるようになってきたなと」。
古巣のフジテレビは、2年前の暮れの中居正広氏の問題から大激震に見舞われた。「あの時、大変だったけど、でも私はやっぱりフジテレビが、フジテレビの人が大好きなんです。なぜかって言うと、みんな本当にあったかい人なんですね。だから情に流されたところもあったかもしれないし、でもそれは情がいっぱいだから、ああいう風なことになってしまったと思うけれども。でも、フジテレビは大丈夫です。やっぱり今残っている人がいるから。今回の舞台は清水さん(清水賢治社長)、石原さん(石原隆専務)、遠藤さん(遠藤龍之介前副会長)も見に来てくださいます。それは全然別に招待でもなんでもなくて、単純に個人的に、よし、見に行ってあげようって思ってくださるんです。清水さんとか石原さんっていうのは、うちの夫の本当に一番の仲間だったんです。亡くなった後もずっとグループLINEで、ずっと励まし続けてきてくれた人たちなんですね。フジテレビは情の熱い人たちの集まりで、そこに持ってきて、清水さんとか、とてもクレーバーなんです。クレバーな人たちが今トップにいますから、これからのフジテレビは大丈夫です」と話した。
昨年、退任した日枝久フジサンケイグループ元代表(88)は、山村が在籍時の編成局長だった。「ちょっと連絡してないんですけど、日枝さんは当時、本当にものすごくかわいがっていただきました。『ひょうきん族』の時に、みんなから『なんで、そんなにやるんだ。恥ずかしくないのか』みたいなことを言われた時に、日枝さんは『ひょうきん、よくやってるね、頑張ってるね』って声をかけてくださったんです。恩人です」と振り返った。
8日まで。
◆山村美智子(やまむら・みちこ)1956年(昭31)11月5日、三重県伊勢市生まれ。津田塾大在学中に劇団「東京キッド・ブラザース」で活動。80年、アナウンサーとしてフジテレビ入社。「オレたちひょうきん族」の初代ひょうきんアナウンサーとして「ひょうきんベストテン」などのコーナーに出演。84年に同局の編成局のプロデューサーだった宅間秋史氏と結婚。85年に退社、フリーアナウンサー、女優として活動。03年(平15)から08年まで米国ニューヨーク滞在。執筆した脚本「私とわたしとあなたと私」が英語に翻訳され、オフ・ブロードウェーで上演。20年(令2)に宅間氏と死別。21年、エッセー「7秒間のハグ」出版。166センチ。B型。
○……藤本は、山村との初共演に「山村美智子さん、やっぱり我々の学生時代に見ていた番組でスターでいらっしゃいますから、その方と一緒にできるっていう喜びと、また永山耕三さんが学生の時に見いてたドラマものディレクターであるということ。この二つ、本当にうれしく思います」。実際に山村と演技をした感想を「山村さんはアナウンサーでいらっしゃったっていうイメージが強いんですけど、もう“ザ・女優”だなっていう。心がすごく通じ合う」と話した。



