菅義偉首相の後任を決める自民党総裁選は、岸田文雄新総裁の勝利で終わった。菅首相は明日10月4日、退陣し、昨年9月16日に発足した菅政権は1年あまりで終幕となる。新型コロナウイルス対応に翻弄(ほんろう)された第2次安倍政権を引き継いだものの、事態はますます悪化し、感染拡大を防げなかった菅首相。在任中の多くの期間で、東京などの自治体に緊急事態宣言を出さざるを得ない状況が続いた。

昨年からのコロナ禍。実は、首相のある「恒例行事」にも水を差していた。

1年に3回、1月と5月、9月に東京で開催される大相撲。毎回というわけではないが、近年、歴代の首相は千秋楽に両国国技館を訪れ、優勝力士に内閣総理大臣杯を手渡してきた。1996年1月場所で、橋本龍太郎氏が大関貴ノ浪に渡したのが、いちばん最初。以降、小渕恵三氏、森喜朗氏、小泉純一郎氏、安倍晋三氏(第1次政権)、麻生太郎氏、鳩山由紀夫氏、菅直人氏、野田佳彦氏、第2次政権での安倍氏と、福田康夫氏をのぞく歴代首相が国技館を訪れ、40キロを超える内閣総理大臣杯を時に手助けを借りながら、優勝力士に手渡してきた。

しかし2020年に入ってコロナ感染が拡大。大相撲も、無観客や観客数を制限して場所を行う事態になった。当然、昨年以降、首相が国技館を訪れる機会は失われた。直近で首相が国技館を訪れたのは、19年5月の夏場所。安倍氏が、来日したトランプ米大統領(当時)夫妻と観戦後、朝乃山に内閣総理大臣杯を手渡したのが最後だ。コロナ禍以降、東京場所での内閣総理大臣杯は、八角理事長が手渡している。

首相が力士に渡す表彰式の様子は、NHKで生中継される。時の政権トップにとっては国民へのアピールの機会にもなり、東京開催場所が始まると、千秋楽に首相が国技館を訪れるかどうか探るのが、取材の常でもある。

「首相と国技館」で有名なのは、01年5月場所。首相に就任したばかりの小泉純一郎氏が、けがを乗り越えて優勝した横綱貴乃花に「痛みに耐えて、よおーく頑張った。感動した!」と、絶叫した。また、政治が動く季節の秋に行われる9月場所では、「新首相のお披露目」的な場もいくつかあった。06年には、自民党総裁選を勝った安倍氏が組閣作業の合間をぬって国技館を訪れ、横綱朝青龍に賜杯を渡したほか、09年に誕生した民主党政権でも、鳩山由紀夫氏がNY国連総会出席から帰国翌日に国技館を訪れ、やはり朝青龍に手渡した。長期政権を築いた安倍氏は第2次政権でも4度、登場している。

コロナが収束すれば、首相がまた国技館を訪れることもあるだろうが、東京開催場所の千秋楽に登場できなかった菅氏にとっては、何とも不運なタイミングだったのではないだろうか。実は菅氏、首相ではなく「菅官房長官」として13年、16年、18年と3回、土俵に上がり、白鵬に2回、豪栄道に1回、内閣総理大臣杯を渡している。ただこれは、当時首相だった安倍氏の「代理」の立場でしかなかった。

首相が両国国技館で内閣総理大臣杯を渡す様子は、これまで何度か取材してきた。そんな「風物詩」が消えた去年と今年は、コロナ禍での非日常性を感じる場面の1つだ。そんな非日常な空気の1年間、政権終盤にワクチンのスピード接種が進んだとはいえ、菅首相はコロナ感染拡大を封じ込めることができなかった。結果的に、「時の総理の恒例行事」に首相として足跡を残すこともできないまま、その座を去る。【中山知子】