吉川赳衆院議員(19年3月14日撮影)
吉川赳衆院議員(19年3月14日撮影)

22日予定の参院選の公示まであと10日。そんなタイミングの直前に、自民党関係者に「やばい」と言わせる事態が、続いている。お金に関する「失言」や、自民党議員のスキャンダル(離党した議員も含めて)。「謎」とは言われながらも、依然高支持率を維持する岸田内閣ではあるが、それでも、政治は「一寸先は闇」が定石。選挙を前に、「早期火消し」の動きが相次いでいる。

記憶に新しいところでは、日本銀行の黒田東彦総裁の「家計は値上げを許容」発言だ。異例の展開をたどった。今月6日の講演で「家計の値上げ許容度は高まっている」と黒田氏が述べた直後から、SNSで批判の声も相次ぎ、「#値上げ受け入れていません」がトレンドに入る事態に。物価やお金の話題で国民を敵に回しかねないフレーズで、政権与党にもたまったものではないということだろう。黒田総裁は7日に謝罪し、8日には発言を撤回。「苦渋の選択としてやむを得ず(値上げを)受け入れているという意味だ」と釈明したが、言葉足らずで後の祭りだった。

日銀の黒田東彦総裁(ロイター)
日銀の黒田東彦総裁(ロイター)

冒頭の「やばい」というのは、「物価の番人」ともいわれる日銀総裁の発言だからではない。とにもかくにも、参院選の公示が近くに迫っているからだ。過去には、時の首相によるお金に関する発言が、「失言」として参院選の投開票前に物議をかもし、時の政権与党が敗れる事態を招いている。だからこそお金に関する発言に、特に与党は敏感になっている。

すぐに政権を失う事態になったのは、1998年参院選を前に飛び出した橋本龍太郎首相による「恒久減税」発言だ。選挙戦が始まった後の同年7月3日、恒久減税実施と受け止められるような方針を表明。「露骨な選挙対策」などと批判が拡大し、その後の民放テレビで「私は『恒久減税』とはひとことも言っていない」「(税制改正で)恐らく増税になるものではないと思う。中立(増減税ゼロ)になるかもしれない」などと発言が迷走。当時は、野党が恒久減税を公約に掲げる中、橋本氏は減税規模や実施時期などに触れなかった。自民党は参院選で結果的に44議席と大幅に議席に減らし、橋本氏はそのまま退陣に追い込まれた。

橋本氏のようにすぐではなくても、のちに政権を失うことになったのは、旧民主党政権の菅直人首相だ。

2010年参院選で、有権者に自身の消費税に関する発言について5分以上にわたり説明した菅直人首相(当時=2010年7月10日撮影)
2010年参院選で、有権者に自身の消費税に関する発言について5分以上にわたり説明した菅直人首相(当時=2010年7月10日撮影)

菅氏の場合も税に関する発言。2010年参院選公約の発表の際に、当時5%だった消費税率の10%に言及。当時野党だった自民党も消費税率引き上げを盛り込んでいたことから、消費税問題が参院選争点に一気に浮上した。

当時、自民党総裁だった谷垣禎一氏にインタビューした際、この発言について尋ねると、谷垣氏は「過去、消費税で政権がつまずいたこともある。簡単にはいかない」と警告していた。選挙戦が始まると、菅氏の発言は次第にトーンダウン。結果は与党過半数割れで「ねじれ国会」に追い込まれた。党内では責任論を問う声が強まった。菅氏は粘ったものの結局翌年、退陣した。

消費税増税と増税分の使途変更を争点の1つに掲げ、2017年衆院選を勝った第2次安倍内閣の安倍信三首相のようなケースもあるが、お金の話は、選挙前には特に「鬼門」とされる。今回、黒田氏が発言を撤回したのは、講演から2日後で、国の金融対策にたずさわる日銀総裁の発言撤回など、異例中の異例。それだけ、相当ナーバスになっていることがうかがえた。

日銀といえば、先日、安倍氏が講演で「政府の子会社」と発言して物議をかもした。選挙前の自身の発言が波紋を広げ、発言撤回にまで至ったことについて、黒田氏に「忖度(そんたく)」があったかどうかは、わからないが。

細田博之衆院議長のセクハラ疑惑報道や、「パパ活」疑惑報道で自民党離党に追い込まれ、事実関係の早期説明が待たれる吉川赳衆院議員の問題も、政権与党に相次いでいる。お金の話だけでなく、スキャンダルが選挙に及ぼす影響は、言わずもがなだ。これから公示、投開票までの間、ピリピリした状況が続くことになる。【中山知子】