岸田文雄首相が、衆院和歌山1区補欠選挙の応援演説で訪れた和歌山市内の雑賀崎漁港で、24歳の男に爆発物とみられるものを投げつけられる衝撃的な出来事が、15日に起きた。首相にけがはなく、その後の街頭演説も継続した。16日は参院大分補選の自民党候補の応援に入る。今回の出来事を受けて、首相が応援に入る選挙の取材の警備体制は、ますます厳しくなるだろう。
すでに、今回の補選をめぐる警備の厳戒ぶりは感じていた。4月11日の告示日、安倍晋三元首相の死去に伴う山口4区補選の取材に出向いたが、自民党候補の出陣式では、聴衆も取材陣も、決められた枠の中に必ず入るよう、強く求められた。聴衆は200~300人くらいいたが、警備に当たるSPや警察関係者は数えただけで、その1割の30人を超えていた。
演説会には、候補者のほか、複数の自民党幹部や地元の首長、そして安倍氏の昭恵夫人が来る予定と聞いていた。全員が上がるステージに近いところで写真を撮影したかったが、「警察の指示」だとして、有無を言わさず、はるか後方に下がるように陣営側に指示され、従うほかなかった。
岸田首相が3月に、山口2区と4区に応援に入った時に取材した際には、街頭演説ではなくいずれもホテルの宴会場が会場に選ばれた。屋外よりも警備はしやすい環境だったが、4区の会場では、入場者全員に金属探知機による手荷物チェックが行われ、支援者の方も戸惑っているほど、物々しい雰囲気だった。
安倍氏が昨年7月の参院選で、奈良市内での演説中、背後から銃撃され命を落としたことは、選挙における首相や各党幹部と聴衆の「距離感」を大きく変えるきっかけになった。
長く選挙の取材を続けているが、特に首相遊説は、安倍氏が首相になってから、聴衆との距離感がどんどん近くなったように感じている。演説じたいは選挙カーの上で行うため聴衆とは距離があるが、演説の後、選挙カーから降りて、聴衆の列に接近し、移動しながらグータッチやハイタッチ、握手を行うスタイル。今は多くの政治家が行うが、警備が厳重な首相であっても、安倍氏は積極的に自ら行っていた。周りはもちろん、SPが囲んで不測の事態に備えてはいたが、聴衆と顔と顔を合わせるような距離で支援を訴える手法は、安倍氏が得意とした応援スタイルだったように思う。それが成立するのは、双方に無言の「信頼関係」があってこそだった。
昨年安倍氏が街頭演説中に銃撃された時は、背後からの犯行だった。街頭演説での聴衆とのストレートな「信頼関係」が成立しない状況で、安倍氏は命を落とした。
あの事件からまだ9カ月しかたたない中、今回、岸田首相が、同じく背後から狙われた。その後の街頭演説も継続することで「暴挙にひるまない強い首相」を示してみせた。
首相は23日に投開票される、和歌山1区を含めた衆参5つの補選を、「今後の政局に大きな影響を与えるかもしれない大事な選挙」と述べ、自身の政権運営に向けた重要な節目ととらえている。表だって攻撃的な態度を見せることはほとんどないが、首相は「負けず嫌いで、選挙の勝敗にはかなりこだわる」(自民党関係者)。5つの選挙区では、これまで自民党が議席を持っていたところが3選挙区。首相が2月の自民党大会で「自民党の議席はなんとしても守り抜く」と訴えたため、勝敗ラインを「3勝2敗」に定めたといわれるが、選挙は勝たなければ始まらないのは与党も野党も同じ。首相の本音が「3勝2敗」ではないことは、誰もが織り込み済みだ。
補選の結果は時の政権に対する「直近の民意」が色濃く反映される機会でもある。かつて補選で勝って勢いを付けた政権もある一方、2021年4月の2つの衆院補選と参院再選挙を落とした菅義偉首相は、5カ月後に退陣した。
補選の結果が占う、首相の今後の政権運営の行方。そんな重要な局面で、首相は遊説中に「襲撃」を受けた。安倍氏が襲撃された時よりはるかに厳しい警備体制が敷かれる中、現職総理が狙われるのは、本来「あってはならない」(自民党関係者)ことだが「屋内ならまだ手荷物検査もできるが、屋外では難しい」(関係者)。そうなると、選挙遊説のあり方も今後、考え直される可能性がある。取材体制も含めて、さらに厳格になるかもしれない。
結果の行方だけでなく、これまで普通に行われてきた選挙での政治家と有権者、メディアの関係を変えるきっかけになるかもしれない、今回の事件だった。【中山知子】


