9月23日の西九州新幹線・武雄温泉―長崎間の開業まであとわずか。JR九州は得意の「D&S列車(観光列車)」戦略で西九州エリアの観光進行を後押しする。


姿を現したJR九州の新観光列車「ふたつ星4047」(記者撮影)
姿を現したJR九州の新観光列車「ふたつ星4047」(記者撮影)

JR九州には成功体験がある。2004年に九州新幹線・新八代―鹿児島中央間が開業した際、人吉ー吉松―隼人―鹿児島間を「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」という2つの観光列車を乗り継いで結ぶルートを作った。新幹線と観光列車で南九州を周遊するというプランを打ち出すことで、南九州の観光に一役買った。


■往復で異なる経路の「ふたつ星」

この戦略を応用し、西九州新幹線でも開業に合わせて佐賀、長崎エリアに「ふたつ星4047(よんまるよんなな)」という新たな観光列車を投入する。午前は武雄温泉から長崎本線経由で大村湾を見ながら長崎へ、午後は長崎から大村線経由で有明海を見ながら武雄温泉へと、往路と復路で異なるルートを走る。往復ともこの観光列車に乗ってもいいが、せっかく新しい新幹線が開業するのだから片道は新幹線、片道は観光列車に乗れば、西九州の旅を効率的に楽しめる。

2013年にデビューしたJR九州の看板列車「ななつ星in九州」は九州7県を星に見立ててぐるりと1周する。それにちなんで佐賀県と長崎県の2県を周遊する観光列車は「ふたつ星」。数字の4047は、使用される車両の形式であるキハ40、47形に由来する。これしか考えられないというネーミングに思えるが、決まるまでには紆余(うよ)曲折があった。

ななつ星という名前が決まるまでにも1カ月以上かかった。JR九州の古宮洋二社長が述懐する。ある休日、当時社長だった唐池恒二氏(現相談役)から古宮氏の元に1本の電話がかかってきた。豪華列車の名前を「トム・クルーズ」にしたいという。言わずと知れたハリウッドスターの名前だ。

「人の名前はだめですよ」。古宮氏は笑って否定した。その後、唐池氏が第2案を提案。「和と書いて“なごみ”はどうかな?」。古宮氏は「それでは演歌の題名みたいです」とそれも却下。そもそも和(なごみ)という列車は他社ですでに運行しているし。

今回の観光列車のネーミングでは「自分の提案も却下された」と古宮氏が明かす。「新幹線かもめの周囲を廻る観光列車。だから“かもめのほとり”という名前を提案したんですけどね」。ほかにも、海の神様として知られる「えびす」に由来した名前にするといった案もあった。これらを押しのけて決まったふたつ星というネーミングは、車両デザインを担当した水戸岡鋭治氏も気に入った。「星は昔から魔よけ、厄よけの象徴だ」。


■外観は「パールメタリック」

9月15日、完成したふたつ星の車両がJR九州の車両工場「小倉総合車両センター」で報道公開された。ふたつ星は3両編成。3月に引退した観光列車「はやとの風」の車両2両、さらに「いさぶろう・しんぺい」の予備車1両の合計3両を1編成として改造した。

ふたつ星のベースとなったはやとの風の外観は黒を基調としていたが、ふたつ星は白。正確にいうと「パールメタリック」という白系の色だ。メタリックを使うことで太陽の光に照らされると車体がキラキラと輝いて見えるという。「海や空に映える効果を狙った」とJR九州の担当者が胸を張る。

白い車両に金色のラインが映える。これは車両の外装では初めて使用されるというチタン製。小倉総合車両センターのある北九州市は、チタンの生産規模において世界有数の規模を誇る。地元金属加工メーカーの東洋ステンレス研磨工業が日本製鉄製のチタンをふたつ星に活用することを水戸岡氏に提案し、JR九州に採用された。

「チタンは経年劣化や変色がないというメーカーの提案を信じた。本当にそうなのか。10年もたてばわかるよ」。初めて使う素材。その意味では水戸岡氏にとってもチャレンジングな試みである。


パールメタリックの「ふたつ星4047」。金色のラインには鉄道車両で初めてチタンを使った(記者撮影)
パールメタリックの「ふたつ星4047」。金色のラインには鉄道車両で初めてチタンを使った(記者撮影)

内装は1、3号車の普通車指定席は木の素材を生かした落ち着いた雰囲気を醸し出す。2号車はラウンジカー。鉄道車両とはとても思えない豪華さはななつ星にも負けない。「36ぷらす3を超え、ななつ星に近づけるような価値を一般の人にも提供したいと考え、手間暇かけて作った。私としては清水の舞台から飛び降りるつもりで、色、形、そして車両では非常識といわれる素材をたくさん使った」と水戸岡氏が言う。

だが、完成した車両を見た古宮社長の感想は「まあ、いいんじゃない?」。水戸岡氏は「ちょっとがっかりした」と明かした。


■路線を走ってこそ真価を発揮する

古宮氏の本心はどうなのか。改めて古宮氏に確認したところ、「まあいいんじゃないというのは確かに本心」という。もちろん内心では「すばらしいものができた」と思っていた。ただ、これまで水戸岡氏とタッグを組んで数々の列車を創り上げてきた古宮氏だけに、「水戸岡氏ならそうとう高いレベルのものを造ってくれるはず」と確信していた。その意味で「思い描いていたとおりのものを造ってくれた」という気持ちが言葉に出たのだという。ふたつ星は古宮氏が社長デビューしてから初めて登場した観光列車。製造には全責任を負う立場だ。同時に、水戸岡氏を信頼して完成するまで口出しすることは控えた。「無事完成してほっとした」というのが正直な気持ちだったかもしれない。

だが、それだけではないはずだ。古宮社長はこう話す。「鉄道写真コンテストでは美しい風景の中を走る列車が中心になるが、列車に乗るお客様にとっては車窓から見える景色がいちばんのごちそう」。むろん、ふたつ星の最大の売り物も有明海と大村湾という海沿いの景色である。

この考え方を反映すべく水戸岡氏は「窓を額縁に見立て、車窓の景色がどう見えるか」に腐心した。つまり、報道公開時におけるブラインドが下ろされて車窓の景色が見えない状態の内装は完成品ではない。工場から外に飛び出し、車窓から青い空や海の景色が目に飛び込んできたときに真価が問われるのだ。

社長の「本心」を聞いた水戸岡氏も、「車両は完成するまでわからないところがあるが、JR九州は私を信頼してくれているので、製造過程で余計なチェックをしない。信頼関係があるからこそ、いいものができる」と笑顔がこぼれた。

西九州エリアの盛り上げは車両投入にとどまらない。新幹線が通らないエリアにおける観光振興にも力を入れる。

たとえば、ふたつ星の午前ルートである長崎本線の肥前浜。酒蔵が立ち並ぶ伝統的な町並み「酒蔵通り」や日本3大稲荷の1つ、祐徳稲荷神社といった観光地の玄関口として知られる。行政と地域が連携して駅舎を改修、全国初という駅ホーム直結の日本酒バーを設置した。JR九州も明治期に建てられた古民家を改修して宿泊施設に仕立て上げた。ふたつ星は肥前浜で17分停車するので、駅周辺を散策するには十分時間がある。古い町並みを気に入った観光客がリピーターになって、次回は肥前浜に宿泊するかもしれない。

佐賀や長崎で魅力ある街づくりに尽力する人や団体を表彰する「西九州観光まちづくりアワード」を実施した。5月から6月にかけて募集を行い、選考の結果、佐賀県嬉野市で嬉野茶、肥前吉田焼、温泉の魅力を全国に発信する「嬉野茶時」と長崎県雲仙市で地元産野菜の消費拡大に取り組む奥津爾さんが大賞に選ばれた。

9月9日には都内で表彰式が開催され、人気お笑いコンビの博多華丸・大吉もお祝いに駆けつけた。古宮社長も「2週間後の9月23日には西九州新幹線が走っているはず。走らなかったら私はクビになります」と発言、会場からプロの芸人に負けないほどの笑い声が上がった。


■「新幹線効果」をどう持続するか

翌日の10日には、西九州新幹線の試乗会が行われた。佐賀駅を出発した「リレーかもめ」は武雄温泉駅で新幹線「かもめ」と対面乗り換えを行い、大勢の報道陣を乗せた新幹線列車が長崎に向けて出発した。


武雄温泉駅のホームに進入する「リレーかもめ」先頭からの眺め。左側に西九州新幹線「かもめ」が停車している(記者撮影)
武雄温泉駅のホームに進入する「リレーかもめ」先頭からの眺め。左側に西九州新幹線「かもめ」が停車している(記者撮影)

最高時速260kmで走行し乗車時間はわずか31分。大半はトンネル内を走行するが、時折姿を見せる大村湾や山々の景色が目にまぶしい。「揺れが少なく快適な乗り心地です」――。6両の車両のあちこちでTV局の女子アナが車内の様子をリポートしていた。新聞、雑誌などの記者はスマホの速度表示アプリで現在の速度を確認しながら車窓の様子などをメモしていた。

事前の期待が大きいだけに、開業直後は盛り上がるはずだ。ではそれが持続するかどうか。重要なのはリピーターの獲得だ。そのカギを握る要因の1つが、観光列車やPR施策などを駆使してJR九州が仕掛ける観光戦略であることは間違いない。

【大坂 直樹 : 東洋経済 記者】