サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会で日本代表の司令塔の地位を確実なものにしたMF柴崎岳(26)。青森県出身の選手で初めてW杯に出場し、故郷の英雄ともなった。中高6年間、指導してきた恩師、青森山田高サッカー部の黒田剛監督(48)が26日、取材に応じ、柴崎の絶対的な武器である視野の広さが生まれた秘密などを語った。
下北半島の根っこに位置する青森県野辺地町で生まれ育った男が、W杯のピッチに立った。日本の初戦、コロンビア戦が行われたロシア・サランスクに足を運んだ黒田氏は「小6で彼と会って、共に夢見た舞台にようやくたどり着いた」と柴崎入場の瞬間、目から自然と涙がこぼれた。
その初戦より、2-2と引き分けた第2戦のセネガル戦ではさらに躍動した。LINEでも「絶対に勝ちに行きます」と送られてきたように、前半から本領発揮。黒田氏は「これまでトップ下で使われる場合が多かったが、西野監督になり『本来のポジションはボランチだ』と言えたのだと思う。岳の本当の能力が出せた」と語った。
上空からピッチを見渡したような360度の視野、まさに“ドローンアイ”が柴崎の最大の特徴だという。ボランチ、もしくはDFラインに下がって攻撃の起点になった。MF乾が1-1に追いついた起点のパスは、柴崎からDF長友へのロングパスだった。
初めて柴崎を見たのは小6の秋口。「ドリブル中にボールから目を離し、周りを見ながらプレーしていた。プロでもなかなかできない」と一目ぼれ。柴崎の両親は将来、地元で就職させることを考えていたそうだが、黒田氏の思いが本人に届き、青森山田中への入学が決まった。
“ドローンアイ”が生まれた背景には兄2人の存在があるという。幼少の頃、ひたすら公園でサッカーをし、ボールを奪われないよう、目は兄たちの姿を追いボールを見ずにドリブル。自然と身についた能力が世界に通じる武器となった。
中高時代は「苦手なプレーを消していくのが岳だった」。6年間寮生活。高校時は朝4時台に起きて、5時から黙々と朝練習した。黒田氏がグラウンドに行く同45分ごろには、1人汗だくだったという。
明日28日のポーランド戦に向けて「油断厳禁。ただ、決勝Tに行ければ4強を狙えるチーム状況だと思う」と、自慢の教え子へ激励を飛ばした。【三須一紀】
◆黒田剛(くろだ・ごう)1970年(昭45)5月26日、札幌市生まれ。94年から青森山田高でコーチ。95年4月から監督。05年高校総体で全国初制覇。柴崎を擁し、09年度の全国選手権で準優勝。16年度に同大会初制覇。16年リオデジャネイロオリンピック出場のDF室屋成も育てた。

