約半年間休業していた立ち食いそばの名店「スエヒロ八丁堀店」が19日午前5時から再開する。店主はゲソ天そばで人気の東京・日暮里「一由(いちよし)そば」創業者で、「立ちそば界のレジェンド」と称される小森谷守さん(73)が、4年ぶりに現場復帰する。小森谷さんは、駅そばではなく、市街地の立ち食いそばでは東京の発祥とも称される「六文そば」の中心人物で「六文のルーツでもあるスエヒロの火を消せない」として立ち上がった。開店の準備に追われる中、その思いを聞いた。

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小森谷さんが「立ちそばスエヒロ八丁堀店」を引き継いだのは今年2月のことだった。コロナ禍の影響で2021年末までは、たびたび閉店していたが、今年に入ってからは休業状態だった。前店主の阿部正夫さんが閉店を決めて小森谷さんに声が掛かった。

「スエヒロは大事な店なんですよ」と小森谷さんはしみじみとつぶやく。立ちそばは元々駅で乗車客が電車待ちで食べるものだった。小森谷さんが続ける。「市街地に立ちそばが進出した・1960年代後半に上野末広町にのれんを掲げた。それがスエヒロだった。この店がなければ、今の私もいない」と小森谷さんはトレードマークの頭に巻いた日本手ぬぐいに手を添えた。

日本橋や銀座周辺にフランチャイズ支店を次々出したスエヒロ。現在は八丁堀店だけになってしまった。一方でスエヒロは1970年から「六文そば」の屋号で直営店も増やしていった。ソウダ節とサバ節をブレンドした濃いしょう油味のつゆ「かえし」に固めの天ぷらが立ち食いそばファンの心をつかんだ。さらに当時廃棄品だったアカイカの足(ゲソ)をブツ切りにした天ぷらを六文そばが考案して大ヒット。08年に小森谷さんが創業した日暮里「一由そば」は24時間営業で、1日のゲソ天(現在は紫イカ使用)販売は夏場が約600枚、冬場には1000枚に迫る人気という。

立ちそばに人生のほとんどを捧げてきた小森谷さんも18年に「もう体ももたないから後進に譲って引退した」と振り返り、この4年間は立ちそばに触れる機会も絶っていた。ところが「東京の立ちそばの出発点のスエヒロがなくなると聞いて、やってみようと」と小森谷さんは立ちそば職人としての心に火が付いたことを吐露した。

今年2月、短期間ではあるが小森谷さんが店に立ったときに「また、空けてくれたんだ」「待っていました」「ありがとう」と来店したお客さんから声を掛けられ「この店はつぶしてはいけない」と決意を新たにしたという。ビルの老朽化で店舗を大改装して19日から再スタートする。元系列店なのでかえしの味は問題ない。阿部さんがゲソ天をブツ切りにせずにゲソ2~3本をそのまま揚げていたスタイルは継承する。

券売機は置かずに直接来店したお客さんから注文をとる。「だって、天ぷらを半分ぐらいの大きさでもいい人がいるし、季節によって食べたい天ぷらもあるでしょ。お客さんとの会話が店のメニューをつくっていくんだと思う」と小森谷さんは話し「だって、その方が仕事も楽しいもんね」と目尻を下げてニッコリ笑った。開店する19日から1週間、小森谷さんの姪がアイデアを出した一味とうがらしをまぶした新商品「雷いなり」(100円)を1個30円のサービス価格で販売する。16日から食材も搬入され、立ちそばスエヒロ八丁堀店が再スタートを切る。【寺沢卓】