小渕内閣の官房長官や自民党参院議員会長などを務め、影響力の大きさから「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄(あおき・みきお)氏が11日に死去したことが12日、関係者への取材で分かった。89歳。
島根県出身。地元が同じで早大の先輩でもあった竹下登元首相の秘書や島根県議を経て、1986年参院選で初当選し、国政に入った。1999年、小渕内閣で官房長官として初入閣。2000年4月、小渕恵三首相が脳梗塞で倒れた際には首相臨時代理として対応に当たった。その際、後継首相の決定の過程をめぐって、青木氏や森氏ら「5人組」による水面下での「密談」に批判が出たこともあった。その後発足した第1次森内閣でも官房長官を務めた。
自民党内の実力者としても力を発揮したほか、与野党ともに広い人脈を築いた。当選は4回。2007年、第1次安倍内閣の参院選で敗れたことで参院議員会長を辞任した。2010年参院選に出馬せず、長男の一彦氏に地盤を引き継ぎ政界を引退した。
政界引退後も、所属した平成研究会(平成研、現茂木派)で強い影響力を持ち続け、平成から令和とこれまでに至るさまざまな政局の節目でも、存在感をみせてきた。昨年11月には、早大の後輩でもある岸田文雄首相や森氏のほか、将来の平成研会長、首相候補と見すえて目をかけてきた小渕優子組織運動本部長らと会食し、話題になった。

