乗客106人と運転士1人が死亡、562人が負傷した2005年の尼崎JR脱線事故から25日で21年となった。JR西日本は兵庫県尼崎市の事故現場に整備した「祈りの杜」で追悼慰霊式を開き、遺族や負傷者らが犠牲者を悼んだ。倉坂昇治社長は「かけがえのない尊い命を、平穏で幸せな毎日を一瞬にして奪ってしまった。事故を決して風化させず、向き合い続ける」と述べた。
事故発生時刻の午前9時18分に合わせ、倉坂氏ら役員が、電車がマンションに衝突した現場に向かって黙とうした。慰霊式には遺族や負傷者、JR西の社員ら計約340人が参列した。
JR西は昨年12月、大阪府吹田市に事故車両の保存施設を完成させた。大破した車両の部品や乗客の遺品を保管し、一般には非公開。今年3月末までに犠牲者約4割の遺族と負傷者の約1割が訪れた。JR西社員は役員、管理職ら本社を中心に約2千人が訪れている。
昨年社長に就任した倉坂氏は慰霊式で、社内の世代交代が進んでいるとし「祈りの杜や保存施設で、被害に遭われた方々の無念や苦しみ、事故の事実や悲惨さ、命の大切さを心に刻む」と誓った。
長女早織さん(当時23)を亡くした大森重美さん(77)は「参列者につえをついた人や腰が曲がった人が増え、高齢化を実感した。放っておくと社会は利益優先で『安全第二、第三』になってしまう。JR西の幹部が一番しっかりしなければならない」と強調した。
午後には伊丹駅前で追悼コンサートが開かれ、事故で重傷を負った主催者の増田和代さん(56)は「あの日を思い返し、安全を一人一人が考えるのが大事だ」と呼びかけた。
事故は05年4月25日、宝塚発同志社前行き快速電車が福知山線塚口-尼崎間のカーブに当時の制限速度70キロを大幅に上回る116キロで進入し脱線。線路脇のマンションに衝突した。(共同)

