将棋の元名人で「ひふみん」の愛称でも知られる加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が22日午前3時15分、肺炎のため死去した。86歳だった。生前数々の伝説を残した加藤さんだが、日刊スポーツでは名物コラム「ひふみんEYE」を担当していた。そんな加藤さんとの思い出を将棋担当の赤塚辰浩記者が振り返ります。
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加藤先生との初めての取材で、いきなり記者はマシンガントークの洗礼を浴びた。2017年(平29)7月、東京・綾瀬で子どもを対象にした将棋イベントの後、当時発行していた「ニッカンシニア」の「わたしの健康法」と、「日曜日のヒーロー」とをまとめて取材することになった。当日は足立区花火大会が行われていた。場所を移して予約しておいた綾瀬駅前のホテルの前は、花火を見に行こうという人たちでにぎわっていた。
午後5時半ごろ、まずは「わたしの健康法」からと、お話を始めたら止まらない、止まらない。うわさ以上の早口で速射砲のように浴びせてくる。でも、ただ早口なだけではなく、棋士生活63年の経験と、熱心なキリスト教徒としての旧約聖書の教えからの含蓄ある言葉はちりばめられている。それを夏バテではなく、聞きバテしないよう、メモを取るのが精いっぱいの2時間だった。
前半の部を終えて10分ほど休憩を取ると、花火の打ち上がる音が聞こえてきた。合わせるかのように、今度は「日曜日のヒーロー」編。将棋界の往年の名棋士との思い出話を含め、またまた加藤先生はしゃべりまくる。またしても、一生懸命伝えようとする言葉を逃さないように引き込まれた。こちらも約2時間。
取材がすべて終わり、帰りの車を見送った時、花火の音がしないのに気づいた。周囲を見回すと、にぎわっていたはずの人通りがまばらになっている。時計を見たら、午後9時30分。約4時間、聞いていた。
花火という名の夏祭りを楽しむはずが、後の祭り。もっとも、ネタ満載の「わたしの健康法」の原稿は約30分、「日曜日のヒーロー」も約1時間ほどで仕上がった。【赤塚辰浩】(つづく)

