将棋の元名人で「ひふみん」の愛称でも知られる加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が22日午前3時15分、肺炎のため死去した。86歳だった。生前数々の伝説を残した加藤さんだが、日刊スポーツでは名物コラム「ひふみんEYE」を担当していた。そんな加藤さんとの思い出を将棋担当の赤塚辰浩記者が振り返ります。

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22日に仕事が一段落して、仙台白百合女子大のウェブサイトを見ていた。加藤先生が亡くなったことを伝えるページがあった。棋士を引退した後、同大学の客員教授に就任していた。また、加藤美紀学長は先生の次女でもある。そんなことの思い出しついでに、引退会見の時のことまでつながった。記者は思わぬ肩透かしを食ったからだ。

2017年(平29)6月に行った引退会見でのこと。今後の予定について尋ねられた加藤先生が、「白百合女子大の客員教授に就任することになっておりまして」と返した瞬間だった。

スマホで検索して連絡先を探し当て、会見終了後に勢い込んで電話をした。都内にある白百合女子大に。当然、答えは「そのようなお話はうかがっておりません」。それもそのはず。仙台の2文字が抜けているから。

「確かに、シラユリと加藤先生が会見でおっしゃっておりまして」。電話の向こうで、応対した人から意外な答えが返ってきた。「それって、仙台白百合ではありませんか?」。

この言葉でやっと理解できた。肩透かしではなく、勇み足だった。仙台白百合女子大に確認の電話を入れ、確認が取れた。後でお笑いぐさにもなったが、同じような電話を白百合女子大にかけた商売敵の御同業者も何人かいた。【赤塚辰浩】(つづく)

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